第30話 We love 両生類
文芸部の活動日、樹子はいつもみらいに作詞を依頼する。
それなら、前日に歌詞を書いてしまおう、とみらいは考えた。
彼女は桜園学院高校から樹子の家へ行くときに見る田んぼを思い浮かべた。そこにはたくさんのアマガエルが棲んでいる。かわいい生き物だ。
火曜日の午後9時、『We love 両生類』とタイトルをつけ、みらいは詞を書き始めた。
「誕生のドラマは 神聖にして美しい
世界が変わる
光と遊べない 小生命が今
脱皮し始めた
世界中の広い水域の 約4億年も昔
シーラカンスです
We love 両生類
We love 両生類
We love 両生る
イモリ カエル サンショオウオ
緑濃いシダが 大樹の下で
光合成する
空に輝く 太陽が今
フレアを発した
北アメリカの大森林で 約七千万年も昔
ティラノサウルスです
We love 爬虫類
We love 爬虫類
We love 爬虫る
イグアナ ヘビ ムカシトカゲ
美しい花が 春を告げる
桜の風吹
みらいと樹子は 高校以来の
親友同士さ
アフリカの草原で 約七百万年も昔
人類が生まれた
We love 哺乳類
We love 哺乳類
We love 哺乳る
イルカ ウサギ そして人間」
水曜日の放課後、文芸部室でみらいは鞄からその歌詞が書かれた原稿用紙を取り出し、樹子に渡した。
樹子はそれに目を通した。
「うん。あたしはいいと思う。特に『みらいと樹子は 高校以来の 親友同士さ』というところにしびれるわね」
樹子は原稿用紙をヨイチに渡した。
彼はそれを読んだ。
「『We love 両生類』か。何か深い意味はあるのか?」
「特にないよ!」
「地球環境への問題意識とか生態系保全への祈りとかを込めて書いたんじゃないのか?」
「何も考えずに書いた!」
ヨイチは「確かに鬼才かもな」とつぶやいた。
「オッケーだ。土曜日までに作曲しておくよ」
小島が手を伸ばし、ヨイチから原稿用紙を奪い、歌詞を読んだ。
「意味のない文章の羅列だ。小生には駄作としか思えん」
「ガーン!」
みらいが机に突っ伏した。
「意味なんてなくていいのよ。未来人が気持ちよく歌えれば、それでいいの」
「もう気持ちよく歌えないよ!」
「小島の酷評なんてスルーしなさい!」
「樹子も酷評した!」
「それは真摯に受け止めなさい」
「はい……。で、本当に採用してもらえるの?」
「もちろんよ。いいでしょ、ヨイチ?」
「作曲すると言っただろう。バンド若草物語の3曲目だ。代表曲になるよう気合いを入れてつくるぜ!」
「ポップなメロディにしてよ」
「わかってる」
良彦は紙コップでメロンソーダを飲んでいた。彼はコップを机に置き、小島から原稿用紙を奪った。じっくりと見て、歌詞を吟味した。
「生命への愛の讃歌だ! 『わかんない』や『世界史の歌』よりも断然いい。これを演奏したい。土曜日にはエレキベースを持ってくるよ」
「それは『わかんない』と『世界史の歌』をディスっているのかな?」
「みらいちゃん、考え過ぎだよ」
みらいは良彦の目を見つめた。見つめ返されて、彼女の心臓は早鐘を打った。
「そこ、愛の世界をつくるのはやめなさい!」
樹子が右手でみらいを、左手で良彦を指しながら言った。
「きみたち、自由にしていいんだけどさあ、音楽ばかりでなく、文芸部らしい活動もしてくれよ」と友永が言った。
「小説書きます!」
みらいが新しい原稿用紙を本棚から取り出し、執筆を始めた。
「ホラーを書くよ! タイトルは『長い橋』!」
「あたしも小説書こうっと。まずはアイデアを練らないとね」
樹子は一瞬、虚空を睨もうとしてやめた。小島に似た動作をするのは、死んでもごめんだった。
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