第29話 輝ける日々

 月曜日の昼休み、樹子とみらいが学生食堂で隣り合って、かけそばとカレーライスを食べていると、対面にジーゼンが座った。

 彼のトレイには樹子の大好物の唐揚げ定食が乗っていて、彼女はのどをゴクリと鳴らした。ジーゼンが旨そうに唐揚げをかじった。

 樹子の物欲しそうな視線に、ジーゼンは気づいた。

「1個あげようか?」

「本当? ジーゼン、ありがとう!」

 樹子は箸を伸ばして、唐揚げをつまみ、にんまりと笑って食べた。

「やっぱり唐揚げは旨いね!」

「ぼくは魚の方が好きだけどね。たまにはいい」

「わたしは肉も魚も好き!」

 みらいが花のように笑いながら言った。

 その日の放課後、樹子が家の玄関の鍵を開けながら言った。

「今日、あたしはヨイチとデートする。あたしの部屋を未来人と良彦に貸すから、ふたりで勉強して。6時には帰ってくるから」

「樹子、ふたりきりにしていいのか?」

 ヨイチが首を傾げた。

 樹子は良彦を睨んだ。

「未来人に手を出したら殺すから!」

「出さないよ。頼まれない限りは」

「未来人が頼んだら出すの?」「わたしが頼んだら出すの?」

「そのときは出すよ。抱きしめてと言われれば抱きしめるし、キスしてと言われればキスをする」

 みらいの顔が真っ赤になった。

「未来人、頼んだらだめよ!」

「うん……」

 消え入りそうな声だった。

 樹子とヨイチは駅の方へ行き、みらいと良彦は樹子の部屋に入った。

 良彦の指導で、ふたりは数学の勉強をした。みらいはときどき良彦の顔をチラリと見た。見るたびに、かっこいい、かわいい、と思った。胸がドキドキした。

 1時間みっちりと教えてから、良彦は教科書を閉じた。

「少し休憩しよう」

「はい」

「未来人さん、僕には姉と妹がいて、こすもすちゃんとひまわりちゃんと呼んでいたんだけれど、ちゃんはやめてと言われたんだ」

「ちゃんはかわいいと思うよ。残念だね」

「でしょう? 僕は誰かをちゃん付けで呼びたい。未来人さん、きみをちゃん付けで呼んでもいいかな?」

「え? わたしを?」

 みらいの顔がまた真っ赤になった。

「うん。どうかな?」

「いいよ……」

「ありがとう、みらいちゃん!」

「みらいちゃん? 未来人ちゃんじゃないの?」

「みらいちゃんの方がかわいい」

「か、かわいい?」

 みらいはのぼせて、頭から湯気が出ているのではないかと思った。

 その後1時間、物理と化学の勉強をしたのだが、みらいは良彦の顔を見ながらぼおっとして、何も頭に入らなかった。

 6時に樹子とヨイチが帰ってきた。

「良彦、未来人に手を出さなかったでしょうね?」

「出さなかったよ。ね、みらいちゃん!」

「みらいちゃん?」

 樹子が呆然と良彦を見て、次にみらいを見た。みらいはもじもじしていた。

「口説いたの?」

「別に口説いてはいないよ。呼び方を変えただけだよ」

 良彦はふわりと笑った。

「口説いたみたいなものよ! あたしの未来人を誘惑するな!」

「あたしの?」みらいはびっくりした。わたしは樹子のものなの?

「樹子、おまえがこいつらをふたりきりにしたのが悪いんだ」

「たまにはあなたとデートしたかったのよ! でもそのとおりね。以後気をつけるわ」

 樹子は腕組みをし、良彦を睨んだ。

 彼は平然とその目を見返した。

 みらい、ヨイチ、良彦は樹子の家から出て、あざみ原駅から一緒に電車に乗った。

 良彦はヨイチと雑談をしていたが、溝の鼻駅でみらいに向かって手を振った。

「さようなら、みらいちゃん」

「さようなら、良彦くん、ヨイチくん。また明日!」

「じゃあな、未来人!」

 電車のドアが閉まっても、みらいは良彦の後ろ姿を見送っていた。

 火曜日の昼休みも、樹子とみらいはかけそばとカレーライスを食べていた。

 またジーゼンがやってきた。彼は天ぷら定食を持っていた。

「また豪華なものを!」

「今日はあげないよ、樹子」

「海老天をよこせ!」

「それはもっともあげられないものだよ。さつまいもの天ぷらなら、あげてもいいや」

「それで妥協するわ」

 ジーゼンがさつまいも天を箸でつかみ、かけそばに乗せた。

「うわあ、かけそばが天ぷらそばになったよ! 凄い!」

「さつまいも天そばだけれどね。しょぼい」

「とにかく天ぷらそばだよ! 素敵!」

 みらいが花のように笑った。

 樹子はさつまいもの天ぷらを汁に浸した。

 火曜日の放課後、樹子は、みらいと良彦をふたりきりにはしなかった。彼女の部屋で4人で勉強をした。

 良彦は数学から教え始めた。

「みらいちゃん、その計算まちがっているよ」

 良彦がふわりと微笑みながら言うと、みらいは頬を赤く染めながら消しゴムを使った。

「うわーっ、失敗だった! きのう未来人と良彦をふたりきりにしたのは大失敗だった! ヨイチとデートなんかするんじゃなかった!」

「その発言はおれに対して失礼じゃないか?」

「ヨイチなんかどうでもいい! 未来人が最優先よ!」

「おれ、おまえの彼氏なんだよな?」

「いちおうね」

「いちおうか。前にもこんな会話をしたな。立場が逆転しているが……」

 みらいが良彦の目を見て訊いた。 

「こういうの、痴話喧嘩って言うんだよね?」

「そうだね。微笑ましいね」

「痴話喧嘩じゃねえ!」「そんなんじゃない!」

 ヨイチと樹子の声は重なっていた。

 みらいは、このふたりはお似合いだ、と思った。

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