第28話 『わかんない』のアレンジ

 樹子の部屋で2時間、数学、物理、化学の勉強をした。 

 それから4人で『大臣』へ行き、ラーメンを食べた。

 食後にしばらくおしゃべりをした。

「未来人、最近、お母さんとはどんな感じなの?」

「まったく話していないよ。中間試験で結果さえ出せばいいよ。お母さんとは話したくない。東大へ行けって言われるだけだし……」

「未来人さん、きみが東大へ行きたいのなら、行けるよ」

「えっ、行けるの?」

「行けるとも。ただし、バンドをやっている暇はなくなる。余暇はすべて勉強に費やさなくてはならない」

「そんなのは嫌だよ。わたしはみんなと音楽をやりたい。高校生活を楽しみたい!」

「良彦、未来人に変なことを言わないでよ!」

「僕は選択肢を示しただけだよ」

「おれも未来人とバンドをやりたい。未来人なしの若草物語は考えられない」

「ヨイチくんなしの若草物語も考えられないよ。ここにいる誰かひとりでも欠けたら、それはもう若草じゃない! みんなでがんばろう!」

「僕はヘルプだけどね。まあそれなりにがんばるよ」

 4人は樹子の部屋に戻った。

「麻雀やろうぜ!」

「『わかんない』の編曲をしましょう! 曲を仕上げて、練習できるようにしたい!」

「麻雀を覚えたい! 練習もしたい!」

 樹子とヨイチは睨み合い、じゃんけんをした。

 樹子がグーで、ヨイチはチョキだった。編曲をすることになった。

「『わかんない』はギターリフから入りましょう。ヨイチ、印象的なリフをつくって!」

 ギターリフとは、ギターで演奏される曲のモチーフ、象徴、骨格となるフレーズのことだ。ロックではこれがくり返されることが多い。

「簡単に言いやがるぜ」

 ヨイチはエレキギターを抱えて、コードを持参してきた小型アンプにつないだ。このアンプはコンセントでも電池でも鳴る優れものだ。

「あっ、フォークギターじゃない!」

「エレキだよ。バンドやるなら、こっちだろ」

「カッコいいよ、ヨイチくん!」

「ちゃんと弾けたらカッコいいんだけどな。練習しねえとだめだ」

 そんなことを言いつつも、彼は耳に心地よいギターリフをつくり出し、演奏した。

「いいわね。それを4小節つづけて」

 樹子が指示し、ヨイチが弾いた。

 5小節目で樹子がエレクトーンを弾き始めた。ギターリフに彩りを添える見事なキーボードリフを一発で紡いでみせた。

「9小節目、ヴォーカル入って!」

「え? え?」

「スリー、ツー、ワン!」

 戸惑いながらも、みらいは歌い出した。

 途中で樹子が「次、間奏! ギターリフを8小節つづけて!」と叫んだ。

 ヨイチは前奏と同じリフを弾いた。

 樹子が前奏とは少し異なるキーボードリフを重ねた。

「ヴォーカル準備! スリー、ツー、ワン!」

 みらいが歌を再開した。

 歌が終わる直前、「終奏リフ8小節! 9小節目にCのコードを鳴らして終わる!」と樹子が指示した。

 ヨイチはまた同じリフを弾いた。頭に残る印象的なギターリフだ。

 樹子はそれにウラメロディを重ねた。

 ギターとキーボードがCを鳴らし、曲が終わった。

 良彦が拍手した。

「お見事! 聴き応えがあったよ! これが初演奏とは信じられないね。僕もベースを弾きたくなったよ」

「土曜日と日曜日にはベースを持ってきてよ」

「わかった」

「凄い! 歌っていて気持ちよかった!」

 みらいは感動に打ち震えていた。

「やっぱり未来人の歌声はいい! おまえはスターになれる!」

 ヨイチがみらいの目を見て言った。

「わたしがスター? そんな柄じゃないよ」

「いや、おまえは格好いいよ。胸を張れ! 未来はおまえのものだ、未来人!」

 みらいは自然に胸を張った。

 スターになれるかどうかはわからないけれど、堂々としていよう、と思った。

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