第27話 良彦フーガ

 日曜日の朝、午前7時ごろ、棚田良彦はベッドの上でまどろんでいた。

 妹のひまわりが部屋に入ってきて、兄の端正な顔を見下ろした。

 良彦は目覚めて、妹と目が合った。ひまわりは途端に頬を赤く染めた。

「お兄ちゃん、おはよう」

「おはよう、ひまわりちゃん」

「ちゃんはやめてよ、お兄ちゃん。子どもっぽいから。わたしもう中学2年生なんだから!」

「わかったよ、かわいいひまわり」

 ひまわりはふふっと笑った。そして部屋から出ていった。

 良彦は起き出さず、目をつむった。そのまま二度寝してしまった。

 7時15分ごろ、今度は姉のこすもすが部屋に入ってきて、弟の美しい顔を見下ろした。

 それだけで、こすもすの頬は赤くなった。

 良彦が目覚めて、姉と目を合わせた。こすもすの頬はますます赤くなった。真っ赤だ。

「おはようございます、良彦さん」

「おはよう、こすもすちゃん」

「姉にちゃんはないと思いますわ。やめてくださらない?」

「わかったよ、きれいなこすもす」

 こすもすはもじもじして、うふっと笑った。そして部屋から出ていった。

 良彦はまた目をつむった。三度寝してしまった。

 7時30分ごろ、母のさくらが部屋に入ってきて、息子のハンサムな顔を見下ろした。

 良彦は目覚めて、母の目を見た。母も良彦の目を見ていた。その頬は微かに赤く染まっていた。

「おはよう、良彦。朝ごはんができているわよ」

「おはよう、お母さん。起きるよ」

「今朝もこすもすとひまわりが、良彦が大好きとか言い合っているわよ」

「僕もこすもすとひまわりが大好きだよ。もちろんお父さんとお母さんも大好きだよ」

「いい子ね」

 さくらはふっと笑った。そして部屋から出ていった。

 良彦はベッドから出て、寝間着を脱ぎ、外出着を着た。

 リビングへ行き、家族みんなと朝ごはんを食べた。

 炊きたての白いごはんと鯵の干物と冷やしトマトとわかめと豆腐のお味噌汁。母がつくった料理はいつも美味しい。

 父は新聞を読みながら食べていたが、途中で新聞をたたみ、良彦に話しかけた。

「高校はどうだ、良彦」

「楽しいよ。3人の友だちがバンドを始めたんだ。僕もヘルプで参加させてもらうことになった」

「ベースを弾くのか?」

「うん。お父さんに教えてもらったのが、役に立つよ」

「そいつはよかった」

 父の名は和彦。穏やかな人柄だった。棚田家の人々は、おおむね平穏な性格で、仲がいい。

「お兄ちゃん、バンドでベース弾くの?」

「そうだよ、ひまわり」

「わたし聴きたいな、お兄ちゃんの演奏」

「ライブをやるときには、招待するよ」

「良彦さん、わたくしも聴きたいですわ」

「もちろんこすもすも招待するよ」

「よろしくお願いいたしますわ」

「ごちそうさま。美味しかったよ、お母さん」

 良彦は朝食を食べ終え、席を立った。

 顔を洗い、歯を磨き、黒く艶のある髪に櫛を入れた。

 午前8時15分、良彦は出発した。

 交通機関に乱れがなければ、9時には樹子の家に到着しているはずだ。

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