第26話 ヨイチノクターン
『世界史の歌』を作曲した夜、ヨイチは祖父、祖母とともに食卓を囲んでいた。
テーブルの上には店屋物が乗っている。ヨイチはチャーハンと餃子、祖父はみそラーメン、祖母はタンメンを食べていた。
ヨイチの両親は彼が幼稚園に通っているときに、ビル火災でふたりとも死んだ。放火が原因と見られているが、犯人は捕まっていない。両親の死後、ヨイチは父方の祖父母に引き取られた。
「じいちゃん、ばあちゃん、餃子美味しいぜ。ひとつずつ食べないか?」
「わしはいらんよ。美味しいなら、おまえが食べな」
「あたしもいらないよ。タンメンだけでお腹いっぱいさね。おまえが食べな、与一。やさしい子じゃ」
ヨイチはやさしいのは祖父と祖母だと思っている。
「おれはやさしくなんかないよ。やさしいのはじいちゃんとばあちゃんさ」
「どちらかと言うと、わしはきびしい方じゃ」
ヨイチは祖父からきびしくされた思い出がひとつもない。
「あたしもけっこうきびしい方さね」
祖母からもきびしくされたことはない。甘やかされてきたと思う。
ヨイチはガツガツとチャーハン、餃子を食べ、家族みんなが使った食器を洗い、玄関先に出しておいた。
食後に、今日一日の出来事を祖父母に話した。
「未来人が書いた『世界史の歌』におれが曲をつけたんだ。きれいな曲ができたと思う。樹子にいい曲だって褒められた」
「樹子というのは、あれかの、きこりちゃんのことかの」
「そうだよ。きこりのことだ。きこりって呼ぶと、あいつ怒るんだよ」
「きこりちゃんは綺麗な子だね。また連れてきてよ。あたしはきこりちゃんとお話したいね」
「未来人というのは、あれかの、未来からタイムマシンで来た人かの」
「そうだと面白いんだけど、ちがうんだ。高瀬みらいという名前なんだよ。みらいだから、未来人って呼んでいるだけ」
「女の子かね」
「そうだよ」
「かわいい子かい?」
「かわいいな。素直でいい子だ」
「かわいくて素直な子なら、あたしは会いたいよ。連れてきてよ」
「そのうち、樹子と未来人と良彦を連れてくるよ」
「良彦くんとも会いたいのう。あの子はいい子じゃ。友だちは大事にしなさい」
「わかってるよ、じいちゃん」
「未来人ちゃんと話したいねえ」
「紹介するよ、ばあちゃん」
ヨイチはお風呂を沸かし、祖父母を順番に入らせた。
その間、父の形見のフォークギターを静かに鳴らし、『世界史の歌』を歌った。確かにいい出来だ、と思った。
彼はフォークギターを黒いケースに仕舞い、茶色い革のギターケースから、母の形見の赤いエレキギターを取り出した。アンプにつないで、ジャラーンと音を鳴らした。
「父ちゃん、これからは母ちゃんのエレキギターを多用することになるかもしれない。おれ、バンドを始めたんだ」
ヨイチは天国に向かって言った。
天国の父と母はいつも花のように笑っている。その笑顔はみらいの笑みに酷似している。
「未来人と知り合ったんだよ。笑顔がかわいいやつなんだ」
母が浮気はしちゃだめよと言い、父はいろいろな女の子と仲よくしてみろと言った。ヨイチには天国からの声が聞こえるのだ。
「樹子を一番大切にするよ、母さん。未来人とも仲よくするよ、父さん」
父と母は花のように笑った。
「おじいちゃんもあたしも出たよ。お風呂に入りな、与一」と祖母が伝えてくれた。
「わかった。もう寝てていいからな、ばあちゃん」
「そうさせてもらうよ」
ヨイチは熱い風呂に入った。
樹子とみらいの顔を想い浮かべた。
「どっちもかわいいんだよな」
ヨイチは鼻歌で『わかんない』を歌った。
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