第31話 原田すみれの事情

 原田すみれは美少女だ。

 桜園学院高校1年2組には園田樹子という飛び抜けた美少女がいるので、クラスで2番目になってしまうが、衆目を集めるかわいい女の子であるのはまちがいない。

 茶髪をポニーテールにしている。少しつり目で強気そうに見える樹子とちがい、すみれは少し垂れ目だ。背の高さは平均的で、スタイルはいい。メリハリのある体型。

 中学2年生のときからつきあっている彼氏がいるが、彼は桜園受験に失敗し、滑り止めの公立高校に進学した。別の高校になってしまってから彼氏とは疎遠になった。4月に1度デートをしたきりで、ほとんど電話をかけていないし、かかってもこない。

 このまま自然消滅かな、と思っている。別にそれでもかまわない。

 すみれは桜園で充実した高校生活を送りたいと思っている。たくさんの友だちをつくりたいし、新たな彼氏もほしい。

 桜園学院高校は中学からエスカレーター式に進学した内進生と高校受験に合格した外進生がいる。すみれは外進生で、優秀な成績で合格した。成績別クラスは文系はアルファ1、理系はアルファ2に所属している。

 がんばれば東京大学も狙える学力を持っているが、勉強ばかりしているつもりはない。ほどほどに勉強し、無理せず進める大学へ行ければよいと思っている。親もあまりやかましく勉強しろと言うことはない。

 部活はやっていない。運動部できつい練習に明け暮れるなどまっぴらだし、興味の持てる文化部はなかった。

 すみれは1年2組の外進生の中で中心的地位を築きつつあった。

 成績がよく、そこそこかわいい女の子とそこそこ格好いい男の子5人のグループをつくり、そこでリーダー的存在となっている。ときどきカラオケに行く。松任谷由実の曲をよく歌っている。

 5月の中旬にして、すでに楽しい高校生活の基盤ができているが、何か物足りない感じもしている。クラスの中に気になるグループがあり、その生徒たちと交流を持ちたいのだが、うまくいっていない。

 クラスで1番綺麗な女子、園田樹子。

 背が高いだけであまりぱっとしないと思っていたが、表情がかわいらしくて、どことなく魅力的な少女、高瀬みらい。

 樹子の彼氏でまずまず整った容姿を持ち、声が大きく、内進生の中心的存在である淀川与一。

 彼女はいないようだが、容姿が校内でもピカイチで、成績もよく、性格もよさそうな男の子、棚田良彦。

 この4人からなる個性的なグループがものすごく気になっている。彼らは音楽活動を始めたらしい。

「高瀬さん、バンド始めたの?」と訊いてみた。

「曲づくりを始めたよ! 私が歌詞を書いて、ヨイチくんが作曲するんだ!」

 みらいは楽しそうだ。何かに打ち込んでいる人が持つオーラが感じられて、ワンランク魅力がアップしたように見える。

「いいなあ。私もやりたいなあ」

「ドラムスだけ募集中よ」と樹子が言う。この美少女がすみれは苦手だ。自信満々で高慢そうでとっつきにくい。彼女はみらいにだけ妙にやさしいのだ。

「ドラムスを始めたら、参加させてくれるの?」

「それなりの腕がなければお断りよ」

 ちっ、とすみれは思った。

 彼女は自分のグループで「バンドやらない?」と提案した。

「バンド? すみれ楽器できるの?」と伊藤沙也加いとうさやかが言った。彼女はクラスで3番目にかわいい。

「できない。でもドラムスをやりたいの」

「原田、太鼓叩きたかったのかあ」と八坂太一やさかたいちが言った。彼はクラスで1番背が高い男の子だ。

「ストレス解消になりそうでしょう?」

「私、ピアノ弾けるよ」と長野由美子ながのゆみこが言った。彼女はおっとりとしたお嬢様タイプ。

「即戦力じゃん!」

「おれ、ヴォーカルだったらやってもいい。楽器の練習とかだりぃ」と仁科春にしなはるが言った。彼はなかなか格好いい容姿をしているのだが、いつも気怠げだ。

「仁科くん、音痴だからなあ」

「なんだとお!」

「まあいいや、音痴のヴォーカルでも。ドラムスが叩ければいい」

「本当にバンドやるの?」

「やる! 放課後にマクドナルドで打ち合わせよ!」

 すみれはとにかくドラムスがやりたかった。それを会得できさえすれば、このバンドは解散していい。むしろ、解散した方がいい。

 すみれの目的は、樹子が中心になってやっているバンドのメンバーになることだった。そのためには練習スタジオに通って、ドラムスを叩かなくてはならない。

 彼女はみらいたちが気になって仕方がない。棚田良彦を密かに好きだったりする。

 友だちを踏み台にしてでも、すみれはやるつもりだった。

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