第22話 インベーダーゲーム
日曜日の午前9時、樹子の家に4人が集まった。
良彦は数学の集合について、2時間みっちりと教えた。
重なり合うふたつの円。
重ならないふたつの円。
重なり合うみっつの円。
ふたつ重なり、ひとつは重ならないみっつの円。
まったく重ならないみっつの円……。
わたしたちは重なり合うよっつの円だ、とみらいは思った。
11時に勉強会は終わった。
「腹が減った。何か食おう」
「未来人は何を食べたい?」
「お蕎麦が食べたい!」
「奇遇ね。あたしも今日は蕎麦を食べたい気分よ」
4人はあざみ原駅前にある蕎麦屋へ行った。
「おれはカレー南蛮うどん大盛りを食べる」
「あたしは天ぷら蕎麦にするわ」
「わたしはもりそば大盛りにするよ」
「僕は親子丼」
彼らは注文し、料理が来るのを待った。
店内は薄暗く、高校生4人組の他にお客さんは誰もいなかった。12時になったら、誰か来るだろう、とみらいは思った。この店のために願ったと言ってもいい。誰も来なかったら、お店がつぶれちゃう……。
注文の品がテーブルに届いた。
みらいはつやつやと光る蕎麦に目を奪われた。
彼女は麺をすすった。腰があって、つゆは醤油の味が濃くて、薬味のねぎとわさびが効いていて美味しかった。
「美味しい」
「旨い」
「いけるわね」
「普通」
彼らは料理の感想を述べた。普通と言ったのは、良彦だった。
食べ終わり、お金を払って、蕎麦屋を出た。
「これからどうする? おれは遊びたい!」
「あたしの部屋に戻って、音楽をやりましょうよ。新曲をつくるか、『わかんない』の編曲をしましょう」
「僕は遊びたいな。ゲームセンターに行きたい」
「未来人はどうしたい?」
「わたしは……遊びたい!」
「決まりだな。ゲームしようぜ!」
樹子はみらいの顔をのぞき見た。
「未来人、ゲームセンターへの出入りをお母さんから禁止されているのよね。行ける?」
「もちろん行けるよ。高校生になったんだから、自分の行動は自分で決めなくちゃ。自主独立の気概を持つんだ。樹子がそう教えてくれた」
「そうだったわね。インベーダーゲームをやりましょう!」
彼らは駅前商店街の中にあるゲームセンターに入った。電子的な騒音に包まれ、みらいはびっくりした。
「大きな音がするところだね……」
「そうね。うるさいわね」
呆然としているみらいの横に、樹子は連れ添っていた。
良彦は早速パックマンをやり始め、ヨイチは平安京エイリアンの筐体のコイン挿入口に100円玉を入れた。
「何をやればいいのかわからない……。ここでどう振る舞ったらいいのかさっぱりわからないよ、樹子」
「あたしについて来なさい。これがインベーダーゲームよ。正式名称はスペースインベーダー。さあ、やってみなさい」
「どうやって始めればいいの?」
「ここに100円を入れるのよ」
「100円もするの?」
みらいはまたびっくりした。
「そうよ。
「そんなことはないけれど……」
「あたしがやってみせるから、見ていなさい」
樹子がコインを入れ、インベーダーゲームをスタートさせた。
画面上方にインベーダーの軍団が現れた。ヴッ、ヴッ、ヴッという音を立てて移動していく。
画面最下部に4個の陣地に守られたビーム砲があり、樹子はそれを操り、ビィン、ビィンという電子音を鳴らして、ビームでインベーダーを撃ち始めた。敵がひとつずつ消滅していくが、軍団は健在で、少しずつ画面下方に移動してくる。敵もビームを撃ってくるので、樹子はそれをかわしている。陣地が敵の攻撃で削られていく。
ときどきビュルルルルという音がしてUFOが現れる。樹子はそれを最優先で狙って撃った。倒すとボーナスポイントが得られるのだ。
「敵は縦5段、横11列、計55体のインベーダーよ。インベーダーは軍団状で、横移動をしながら、端にたどり着くたびに1段下がり、進行方向を逆に変えて再び移動しはじめるの。これをくり返して、だんだんと下に降りてくる。インベーダーが画面最下部まで降りてきたら、ゲームオーバーよ」
樹子は上手にビーム砲を操り、第1面のインベーダーの軍団を全滅させた。
第2面が始まった。インベーダーの動きが速くなっている。樹子は善戦したが、ビーム砲を1機また1機と失い、ついにゲームオーバーとなってしまった。
「こんなゲームよ。やってみる?」
「やる!」
みらいは100円を投入し、ゲームを開始した。ビーム砲を右へ左へと操作しながら、ビームを撃つ。
「うわっ、ビームが出た! あっ、インベーダーをやっつけた。楽しい! 敵も撃って来たよ! 怖い! 楽しい! 負けるもんか。あっ、やられた。楽しい! 新しいビーム砲が出た。楽しい! えいっ! あっ、UFOだ。撃ち落としてやる。あっ、逃げられた。楽しい! ああっ、軍団が下りてくる。ひうっ、楽しい! うわっ、下に来れば来るほど軍団が速くなるの? 楽しい! ああっ、占領されちゃう、占領されちゃった! ゲームオーバーだ! うわあ、めちゃくちゃ楽しかった!」
「ゲームの実況ありがとう。本当に楽しかった?」
「うん、凄く楽しかった。またやっていい?」
「好きなだけやればいいわ。お金があるなら」
「うーん。あっという間に100円がなくなるね」
みらいはインベーダーゲームを「楽しい! 楽しい! 楽しい!」と大騒ぎしながら、3回プレイした。
良彦がやってきて、「僕もやりたくなった」と言って、インベーダーゲームの筐体の前に座った。
彼は名古屋撃ちと呼ばれるインベーダーの群れが1番下まで下りてくるのをひたすら待ち、砲台の真上まで来たら端から一気に倒していく手法で敵の軍団を全滅させ、第5面まで到達した。
「良彦くん凄い!」
「僕はゲームが好きなんだ。やり込んでいるから、上手になっただけだよ」
「凄い! 凄いよ!」
「たいしたことないって」
「ううん、凄い! 良彦くん凄い!」
みらいは興奮して「凄い!」をくり返した。
彼女は良彦に教えてもらって、パックマンも2回やった。また「楽しい! 楽しい!」と騒いだ。
2時間ほど遊んで、ゲームセンターを出た。
「すごく楽しかった……」
「満足してもらえたみたいで嬉しいわ」
「ゲームセンターはパラダイスだね。出入りを禁止していたお母さんが憎い……」
みらいは宙を見つめ、冷たい声でつぶやいた。
「ゲームを禁止する親は少なくないよ」
「そうかもしれないけれど、お母さんが無性に憎い……」
みらいの目から光がなくなっていた。
樹子はみらいの肩をぽん、と軽く叩いた。
「成長しなさい、未来人。勉強して、遊んで、音楽をやろう!」
「うん。樹子、大好き!」
みらいは樹子に抱きついた。
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