第14話 樹子とみらいの音楽ユニット
木曜日の放課後、樹子とみらいはコンビニでペプシコーラとピーナッツチョコレートを買い、樹子の部屋へ行った。
プシュ、とプルタブを開け、ふたりは缶コーラを飲んだ。
樹子はブライアン・イーノのアルバムレコード『アンビエント2』を選んで、みらいに聴かせた。
美しいが、感情を揺さぶらない静かな雨音のようなピアノが、スピーカーから流れてくる。
「何これ、宗教音楽? 凄い! 鎮魂されるみたい……」
「これは環境音楽よ。勉強をするときのBGMに最適なの。未来人、あなたやっばりいい感受性をしているわ。これを聴かせても、なんとも思わない人が多い」
「嘘でしょう? これはYMOともクラフトワークとも異質だけれど、まちがいなく超一流の音楽だよね?」
「だから、あなたの感受性が鋭いのよ」
みらいは目をつぶり、音楽を聴いた。
「素敵だね……」
樹子はみらいの顔を眺めた。美少女ではないが、庇護欲をかきたてるような繊細さがそこに感じられた。
「未来人、あたしからヨイチを奪わないでね」
「何それ、そんなことするわけないよ。できるはずもないし」
「あなたには途轍もない魅力があるわ」
「ないよ。樹子は変なことを言う子だなあ」
「高瀬みらい、あなたにはあなた自身にもわかっていない魅力があるのよ。たぶんあなたは偉大な小説家になるわ」
「なれないよ。わたしの書く長編小説はみんな未完なんだから」
「いまは未完でも、大人になれば、あなたはあなたの物語を完結させられるようになる」
「それは予言なの?」
「そうね。予言よ」
みらいは花のように笑った。
「わたしはヨイチくんより、樹子の方が好き」
「本当に?」
「本当だよ」
樹子はにんまりと笑った。
「ねえ未来人、あたしと音楽ユニットを組まない?」
「音楽ユニット? わたしは楽器の演奏とかできないよ」
「あたしがキーボードの演奏をするから、あなたは歌いなさい」
「歌うの?」
「そうよ」
いつのまにか『アンビエント2』のA面が終わっていた。
樹子はエレクトーンの前に座り、演奏を始めた。
みらいは耳を傾けた。
「いい曲だね」
「ありがとう。あたしのオリジナル曲よ」
「作曲したの?」
「ええ。『イエローハウスでお茶を』というタイトルなの。未来人、歌って」
「歌詞は?」
「あなたが考えてよ、未来の文豪さん」
「ええーっ?」
みらいはエレクトーンで紡がれたメロディを傾聴した。そして、即興で歌い始めた。
「イエローハウスでお茶を一杯♪
たんぽぽ浮かべてお茶を一杯♪
イエローハウスでお茶を一杯♪
すみれを浮かべてお茶を一杯♪」
樹子は仰天した。みらいの歌声が普段の話し声とはまったくちがってキーが高く、想像を遥かに超える美声だったからだ。ピッコロのような声だった。
「イエローハウスでお茶を一杯♪
レモンを垂らしてお茶を一杯♪
イエローハウスでお茶を一杯♪
ミルクを垂らしてお茶を一杯♪」
樹子は演奏をつづけた。
みらいは歌いつづけた。
「イエローハウスでお茶を一杯♪
午後のひとときお茶を一杯♪
イエローハウスでお茶を一杯♪
食後のひとときお茶を一杯♪」
樹子はいつまでも演奏をつづけた。
みらいはずっと即興で歌詞をつけ、歌いつづけた。
エレクトーンを弾きながら、樹子は言った。
「あたしと未来人で音楽を始める。これは決定事項よ」
「決定事項なの? わたしの意向は聞いてもらえないの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃない。樹子と音楽をやりたい」
「やるからには、YMOみたいになるわよ」
「目標が高過ぎる!」
「あたしとあなたならできるわ。ヨイチも引き込もう」
「ヨイチくんも?」
「あいつはギターが弾ける。多少の役には立つでしょう」
樹子はまだエレクトーンを弾いていた。
みらいは歌を再開した。
「イエローハウスでお茶を一杯♪
彼氏とふたりでお茶を一杯♪
イエローハウスでお茶を一杯♪
彼女とふたりでお茶を一杯♪」
みらいの声は天使のようだった。
樹子はこの子をけっして離さないと心に決めた。
野心も芽生えていた。
あたしとみらいとヨイチのバンドでメジャーデビューしてやる!
バンドマスターはあたしだ!
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