第15話 バンド若草物語始動

 金曜日の放課後、樹子の部屋で3人が顔を合わせていた。

 園田樹子。

 高瀬みらい。

 淀川与一。

 未来の日本の音楽シーンをリードするかもしれない3人が集っていた。

 樹子はYMOの結成時の真似をした。部屋にこたつを置き、みんなでみかんを食べた。

「あたしたちでバンドをやる。目標はあたしたちの音楽を世界に発信して、YMOを上書きすること」

「さすがにそれは無理だろ。YMOは結成時からプロフェッショナルの集まりだった。おれたちはただの高校生だ」

「ヨイチ、あなたらしくないわね。常識的過ぎることを言わないでよ!」

「おれはけっこう現実的なんだよ」

「夢を見なさい。夢に挑みなさい。夢を叶えなさい」

「夢なら夜に見てる」

「その夢じゃないよ、ヨイチくん」

「未来人、おまえも乗り気なのか?」

「うん。目標はどうでもいい。でもこのメンバーで音楽をやりたい!」

 ヨイチはみかんを口に入れた。むしゃむしゃと食べた。

「おまえに何ができる?」

「何もできない!」

 みらいは無邪気だった。

「未来人にはヴォーカルをやってもらうわ。この子、なかなかの美声を持っているのよ」

「おれがギター、おまえがキーボードか」

「そうよ」

「ベースとドラムスは?」

「いまのところはなし。この3人でバンドを始動させるわ」

 ヨイチはにっと笑った。

「まあいいや。おまえの道楽につきあってやるよ。いちおう彼氏だしな」

「いちおうなの?」

「いちおうだ」

「嫌な人」

 樹子は心から嫌そうだった。

「バンド名はどうする?」

「とりあえず『園田樹子と仲間たち』でいいんじゃないかしら?」

「それなら『淀川ヨイチと仲間たち』だろ?」

「バンドマスターはあたしよ。それだけは譲れない。嫌なら参加させない」

「わかったよ。しかしそのバンド名は却下だ」

「『バンド若草物語』はどうかな?」とみらいが言った。

「いやよ、そんなダサい名前」

「それ、いいじゃないか。『バンド若草物語』。なんか格好いい!」

「ヨイチ、あなたそんなセンスしてたの?」

「ああ、オルコットは大好きだ」

 ヨイチはにっと笑っていた。

 ルイーザ・メイ・オルコットはアメリカの作家で、『若草物語』は彼女の自伝的小説だ。

「オルコットいいよね!」

 みらいは花のように笑っていた。

 つられて樹子も、にんまりと笑ってしまった。

「いいわ、バンド名、『若草物語』で」

「やったあ!」

 樹子は冷蔵庫に行き、ペプシコーラを3缶持ってきた。

「バンド若草物語の結成を祝して乾杯しましょう」

「コーラでか?」

「コーラでよ。あたしたちは高校生よ。仕方ないでしょ」

「わたしはコーラが大好きです! カンパーイ!」

「カンパーイ! しまった、音頭を未来人に取られた!」

「カンパーイ! しまった、未来人に音頭を取られた!」

 こうして、バンド若草物語が始動した。

 彼らがメジャーデビューできるのか、この時点では誰も知らない。 


※第1部完結です。

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