第5話 自己紹介2
1年2組の自己紹介が進んでいく。
面白い自己アピールがあり、特に興味を惹くことのない語りがあったが、みらいに他者の話を聞く余裕はなかった。
どうしよう、何を言おう、自己アピールなんてできない。1分の語りって、どのくらいの分量なの? あああ、順番が近づいてくる……。
出席番号20番の生徒が席を立った。みらいは21番だった。
「
自分の前の席で、小柄で黒髪ショートカットの美少女が立っていた。芸能事務所所属と言っても、モデルをやっていると言ってもまったく不思議のない綺麗な女の子だった。華がある。自分とは大ちがいだ、とみらいはまた思った。
「小学1年生のときからエレクトーンを習っています。趣味は作曲かな。でも、創作全般が好きで、小説を書いたりもしています。おがせんが顧問の文芸部に入ってもいいかな」
「おがせんって、おれのことかよ?」と小川が言い、「小川先生だから、おがせんでしょ」と樹子は答えた。
この人は小説を書くんだ……。みらいの心が高鳴った。
「好きなミュージシャンは細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏。彼らが組んでいるイエロー・マジック・オーケストラに狂っています。中学生のときのあだ名はきこり。でも高校では絶対にやめてほしい。女の子にきこりはないよね」
「きこりはきこりだ!」とヨイチが叫んだ。
「ヨイチ、また言ったら別れるよ」
美しい少女が、矢のような視線で彼を射た。
みらいはびっくりした。衝撃を受けたと言ってもいい。樹子さんとヨイチくんはつきあっているのか……。
樹子は座った。
みらいは別れるよ、という樹子の澄んだ声を脳内で反芻していて、自分の番だというのに、座ったままだった。
「次、出席番号21番」
みらいは弾かれたように立ち上がった。でもうまく声が出ない。人前で要領よく語る技術を彼女は持っていなかった。
そのまま1分が経過した。みらいは自分の不器用さを呪った。無様だ。
「21番、名前だけ言って座れ」と小川が冷徹に言った。
「僕の時間を30秒提供します」とみらいの次の生徒が言った。その発言をした美しい少年が微笑み、みらいの発言をうながした。
「あ、名前は高瀬みらいです」
「未来人な!」とヨイチが叫んだ。その声を聞いて、みらいの緊張が解けた。
「映画音楽とSF小説と少女漫画が好きです。好きな映画は『ブレードランナー』と『ゾンビ』です。好きなSF小説家は星新一と小松左京と筒井康隆と新井素子とフィリップ・K・ディックです。好きな少女漫画家は大島弓子とくらもちふさこです。あだ名は未来人で、もういいです。よろしくお願いします!」
みらいは懸命に話し、席に着いた。心臓がどくどくどくどくと血液を激しく流していた。
「映画音楽は映像の奴隷よ。あたしは好きじゃない」と樹子が大きな目をみらいに向けて言った。
「イエロー・マジック・オーケストラを聴いたことがありません」
「聴きたければ、今日にでも聴かせてあげるわ。あたしの家に来る?」
「はい。ぜひお願いします」
「いいわ、未来人、仲よくしましょう」
「そこ、私語はつつしめ! 次、22番、30秒で自己紹介をしろ」
「はい、
その少年は落ち着いた声音をしていて、落ち着いた所作で立ち、顔立ちは樹子と双璧を成すほど整っていた。みらいは彼を見て、彫像のようだ、と思った。
少しも音を立てず、静かに彼は座った。
みらいの前の席に園田樹子。後ろの席に棚田良彦。二大スターに挟まれているようだった。
「僕とも仲よくしてね、未来人さん」と彼が言った。みらいは上気した顔で、こくんとうなずいた。時間を30秒くれてありがとう、と言いたかったが、うまく話せなかった。
自己紹介が進んでいった。大取りが出席番号36番の淀川与一だった。
「おがせん、3分しゃべってもいい?」
「だめだ。1分以内だ」
「ちぇっ。えーっと、淀川与一です。カタカナ感覚で、ヨイチって呼んでください。出席番号20番のきこりはおれの彼女だから、よろしく」
「またきこりって言った。別れる!」
「いいよ。じゃあ、未来人とつきあうから」
「なっ! ふざけんな、ヨイチ!」
「えっと、じゃあ、高校からは樹子って呼ぶことにするよ。趣味はフォークギターです。井上陽水と吉田拓郎の弾き語りならまかせてくれ。好きな小説家は船戸与一。名前が一緒だからじゃないぜ。内容が好きなんだ。弾き語りはできないけれど、頭脳警察も好きだな」
「ヨイチ、音楽の話と小説の話が混ざってる。頭悪すぎ!」
「悪い悪い。絵を描くのも好きだ。ピカソ2世って呼ばれたことがある」
「誰も呼んでいないよ」とジーゼンが言った。「ヨイチの絵は下手だ」
「ジーゼン、表に出ろ」
「やめろ、1分経過だ。おれのクラスでは殴り合いの喧嘩は厳禁だ。口喧嘩も禁止な。平和に過ごせ」
小川がふたりの生徒を制止した。
「自己紹介はこれで終わりだ」
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