38「始まりの7人」
「ホワイトはシリウスアクティビティの先代、リューインの時にはここに住んでいたかい?」
「いえ!私は今の領主様の時の移民です!」
「やはりそうか。君は先程仕事をしながら、絵本を懐かしがっていたようだったからね。熱心に読んでもいたし。シリウスアクティビティの本は全てここに集められているから、以前に読んだのであれば外の領土でだと思ったんだ」
ナルは当然にように指摘して笑う。
ホワイトはバレていると思っていなかったようで、顔を真っ赤にして謝った。
「す、すいません!仕事中につい!」
「も~!初日からさぼらないでくださいよぉ~!」
シェードはホワイトの不真面目さに怒る。
しかしナルは気にしていない様子で、シェードを宥めた。
「本を読んでしまうのは、仕方がないさ。どんな時だって、読書の魅力には逆らえないものだよ」
「甘やかさないで下さいよぉ、お姉さま~」
「ふふ、本の中身を確認するのも私達の仕事の内、だろ?」
「そうですけどぉ~、結局真面目に働くのわたしだけじゃないですかぁ」
シェードは言い分を受け入れつつも、唇を尖らせた。
「けどホワイトは文字しっかり読めるんですねぇ。テロリストなんて、学のない奴らばかりだと思ってましたよ~、きしし」
「そう言うシェードも、ついこの前なんとかスチューデントを超えた所じゃないか?」
「う……意地悪ですよぉ、お姉さま」
スチューデントとはシスターの前段階に置かれる役割だ。
半人前扱いで、この段階では戦闘訓練は行わず、殆ど座学に終始する。
メイド隊は戦闘も行うが、主業務はあくまでもメイド業だ。
基本的に戦闘能力よりも実務能力や給仕能力が重視される。
読み書きや基礎教養を身に付けなければ、いつまでも半人前のスチューデント。
勉強の苦手なシェードは、中々シスターになれずに苦労していたのだった。
「悪いね、話が逸れた。先代のリューインは暴政だったんだ。食料が足りず人々は苦しみ、重労働で体を壊し、病気が蔓延して人口は減り、それを改善する手段も持ち合わせていなかった」
「その人は悪い領主様だったんですか!」
「難しい質問だね。リューインは元々他の土地の領主で、そこの運営は有能にこなしているんだよ。しかし先々代を殺して手に入れたシリウスアクティビティに関しては、税を巻き上げることしか考えていない風だった。今にして思えば、シリウスアクティビティの領民なんて、滅んだ方がいいと思っていた可能性も高いね」
「そんな!なんでですか!」
ホワイトは思わず立ち上がった。
シェードはというと、重苦しい顔をしている。
「このシリウスアクティビティは、特殊な扱いの浮島でね。王族の先祖である神が住んでいた、神聖な土地とされている。そのため仮に浮島が他の人の領地の上空に入ったとしても、神の意思によるもので、おとがめなしと決められているんだ。
逆に言えば、この浮島は合法的に他の領地に侵入する特権を持つとも言える。勿論いざ攻撃すれば抵抗されるだろうが、シリウスアクティビティ側が、好きな個所に先制攻撃権を持つことは確かだろう」
「それは……」
軍略に疎いホワイトでも、その恐ろしいまでの有用性は分かった。
他の領土からすれば、強固な城を持つ浮島が中心都市上空に現れても、攻撃されない限り手出しは出来ないと言う事だ。
他に領地の無いライガーには難しいが、リューインのような領主だと、民を排して完全な軍事拠点として使う事も出来るだろう。
「要するにリューインは移動要塞として、この領土を手に入れたんだ。元々居た民は軍事行動の邪魔でしかなかったのだろう。だから重税を課して苦しめつつ、いなくなるならそれでいいと思ってたのかもね」
「そんな……」
「先々代も愚者だったが、悪意のあるリューインは酷いものだった。食べるものが無く、口減らしも行われた。男であればリューインの軍隊に入って仕送りをする事も出来たから、率先して女の子が捨てられた。リューインの土地に二束三文で売られた子はまだマシだ。小さい子供や生まれたばかりの赤子が、聖なる森に捧げられることも沢山あった」
「森にですか!生きていけるんですか?」
「……無理だろうね。実質的な間引きさ」
「なんてことを……」
領主に見捨てられた民。
その苦しみは想像を絶するものだろう。
「一般市民は貧しく、リューインの兵だけが裕福で、横柄に振る舞っていたんだ。先々代の常設軍も解体されて無力化された。軍にいた男どもは領土を取り返す気概もなく、恥もなくリューインの軍門に下って行ったね。同じように苦しんだのに、今度は搾取して私達を苦しめる側に回ったのさ」
ナルの声には恨みや暗いものは無かった。
しかしシェードは俯いて拳を握りしめ、唇を強く噛んで震えていた。
「そんな時にシリウスアクティビティに攻め込んできたのが、マスター……ライガー様だった。たった7人での攻略。誰もうまくいくなんて思ってなかったさ」
「か……勝ったんですか?」
「ああ、御覧の通りだよ。厳密には勝ったと言うより、王家の血を引くライガー様が、この土地に選ばれた感じではあったけど」
ナルは懐かしそうに口にした。
「私達は、マスターに救われた。マスターは男の軍隊を作らずに、自身の攻略に協賛して手伝った女の子たちを、登用してメイド隊を組織したんだ。エリートのメイド隊に入れば仕送りができると言う事で、女の子の口減らしは無くなった。男に関しても労働力として働ける工業地帯を整備して、そこで生きていけるようにした。
平和になったね。ただ、リューインの施政で甘い汁を啜っていた連中にとっては、富の再分配を進めるマスターは邪魔者でしかないらしい。実際問題リューインの時よりも全体的な国力が下がっている事を糾弾する輩もいる。それが奇想の断崖や元兵士たちの不満行動として燻っているのさ」
「そうだったんですか……」
ホワイトは、自身が何も知らなかったことを恥じた。
ナルの話が全て正しいとも思えなかったが、奇想の断崖で聞いた話とは全く違う価値観ではあった。
「わたしは、お腹が空いてどうしようもなくて、兵たちの食べ物を盗んだんですよぉ……いいじゃないですか~、あいつらがわたし達から奪った食糧ですしぃ」
ホワイトが考え込んでいると、シェードが我慢できないとばかりに、とつとつと語り始めた。
「でも盗みが見付かって…殺されるところでした……あいつら満腹ですし、食料なんてどうでもよかったんですよぉ。ただうっぷんが溜まっていたところに、ちょうどいいムカつくガキが現れた……だから、よってたかってわたしを痛め付けた……蹴られて、殴られて、面白半分で足を剣で刺されて、髪を切られ、爪を剥がれて、指を潰されて、視界も殆ど奪われました……誰も彼も笑っているだけで、気持ち悪い笑い声の中で、私は一人死んでいくんだと思いました……」
「許されないですよ!そんな……」
シェードの両の瞳には、大きなバツの傷がついていた。
その兵たちがノリだけで、刃物か何かで刻み込んだのだろう。
「きしし……こっちの目は殆ど見えてませんが、ゴースト達と視覚共有しているので、不便はありませんよぉ。傷も治せるかもしれないけど、恨みのために治してないだけですし~」
シェードは目を見開いて、傷を指さす。
声を震わせるホワイトに、パチパチと瞼を閉じて、ふざけて見せた。
「で、ま~、そんな殺される直前のわたしを助けてくれたのが、マスターとスレイヤー様とお姉さまでした~」
シェードは尊敬の念を込めた目を、ナルへと向ける。
しかしナルは静かに首を振るばかり。
「私はたまたま近くにいただけさ、もっと早く君を助けられる筈だった。軍に立ち向かったのは、マスターとシーナ様さ」
「マスターとスレイヤー様が、命の恩人なのは当然のことですぅ。でもお姉さまも同じなんですよ~」
「分かった分かった、ありがとう」
「も~、いつも受け流すんですからぁ」
軽く笑うナルの様子に、シェードは不服そうに頬を膨らませた。
「スレイヤー様って副メイド長さんの事ですか!シーナ様って誰ですか?」
ホワイトは知らない名前に首を傾げた。
さすがに副メイド長クラスの名前を聞いたことはあったが、シーナという名前は聞いたことが無かった。
「『シーナ』はスレイヤー様の元の名前さ。シーナ様は、奴隷の子供だったんだけど、色々あってライガー様の所有となっていたらしい。それで一緒にシリウスアクティビティ攻略を行った。
シリウスアクティビティの統治を始める時にメイド隊ができたんだけど、その時に『殲滅者(スレイヤー)』の称号を賜ったんだ。マスターと一緒に攻略に来た人達の中で、その後メイド隊に加入したのが、メイド長のセフィリス様、副メイド長のテンコ様とスレイヤー様の3人だね。テンコ様は最前線に出向いていて、かなり長い間帰ってきていないのだけれど」
「なるほど!」
スレイヤーの事を騙るナルは、どことなく誇らし気だった。
「きしし!そう言えばホワイトは、誰の部隊の所属なんですか~」
シェードはそんなことを、ホワイトに尋ねる。
よく分からないホワイトは首を振り、ナルに助けを求めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます