39「裏切りの試験薬」

「メイド隊はメイド長、副メイド長、エルダー、シスター、スチューデントで構成されているんだ。スチューデントはさっき言った座学過程の娘たちで、勉強や雑務を任せられる。

 シスターになると戦闘訓練も行うようになるね。城での実務や警備が主な仕事だけど、実力のあるものは戦場に出ることもある」

「質問です!ここの領主さんの領地はここだけと聞いてますが、メイド隊の出る戦場ってどこですか?」


 ナルの説明に、ホワイトが疑問を差し挟む。


「主に王国領の警備や他の王子たちの軍や魔物討伐への派遣だね。この領地には生産力がないから、そういった戦場への派兵が主な収入源なのさ。

 座学が優先されるのには、ここにも理由があるんだよ。メイド隊は傭兵や一兵卒としての派遣は断っている。あくまでも客将扱い、つまり副メイド長を指揮官レベルとし、エルダーやシスターはその指揮下に入る形でしか受けていない。だから指揮官として必要な戦術や戦略、帝王学などに加えて、地理学、天候学、植物学、天文学なども教え込まれる。それプラス十分な戦闘力があって初めて、副メイド長に任命されるんだ」

「なるほどです!」

「副メイド長は自分の派閥に必要なエルダーを組み入れる事ができる権限が与えられている。その派閥と戦闘力のある一定数のシスター達を合わせて、副メイド長の隊になるんだ。そして副メイド長の隊単位で、戦場に派遣される仕組みだ。

 殆どの副メイド長はそれで長期で外に出ているから、基本的には副メイド長達は城におらず出払っているよ。今はルドワイエ様の件があるから、マリア様とオンスロート様も長期で戻ってきているけどね。あとはちょっと問題が起きたようだけど、副メイド長格エルダーのジャスティスも」


「なるほど!メイド長さんとスレイヤーさんは、基本お城にいるって事ですか?」

「ああ。メイド長は城でメイド全体の管理や領地の運営、スレイヤー様はマスターの警護と城の雑務全般を担当しているよ。ただまあそれも、スレイヤー隊の評判があまり良くない理由の1つかな」


 ナルは大げさに肩を竦め、シェードはうんざりしたように溜息を吐いた。


「そうなんですか?」

「ああ。副メイド長は全員ランクA帯以上なんだが、スレイヤー様だけB帯なんだ。更に私達スレイヤー隊も、基本的にステータスがかなり低くてね。『スレイヤー様はマスターの昔の知り合いだから、弱いのにえこひいきで高い役割が与えられているんじゃないか?』『スレイヤー隊は弱いから戦場に出ないんじゃないか?』という、本部メイド達からの批判の声があるのさ」

「そうなんですか!?大変なんですね!」


 確かに2人に強そうな印象は無いが、ナルはエルダーとされている人物だ。

 ホワイトとしては、今朝会ったエリスや街で見かけたエルダー達と同じ役割ならば、弱いという事は無さそうに思えた。


「くっくっくっ。失礼、おでこを触るよ」


 困惑した表情のホワイトを見て、ナルは楽しそうに笑う。

 ナルは傍に居たゴーストに触れてから、ホワイトのおでこを指で軽くトンとついた。


「う!」


 ホワイトのネガティブスキル『アイアン・メイデン』が何故か発動する。

 攻撃者のステータスが分かるスキルだが、本来は一定以上のダメージを受けないと発動しない筈である。


 ナル

 パワーF

 スピードF

 耐久力G

 魔力AA

 魔力障壁G

 魔力干渉力G

 総合E


 シェード

 パワーG

 スピードF

 耐久力F

 魔力BB

 魔力障壁E

 魔力干渉力D

 総合E+


「こ……これは?」


 ホワイトは多いに戸惑った。

 自身のネガティブスキルが異常発動したこともそうだが、それ以上に2人のステータスが低過ぎたのだ。

 特にエルダーであるナルのステータスが、そこら辺のシスターよりも低いのである。


「くっくっくっ。驚いたかい?」

「それは…」


 ナルに問われて、ホワイトは自分が失礼な顔をしていた事に気が付いた。

 取り繕おうとしたが、しかし適切な言葉は出てこない。


「これがメイド達に渦巻く、燻りの理由さ」


 ナルはホワイトの反応が面白かったのか、クククと笑い続けている。

 シェードは不満そうに、口を尖らせて説明する。


「わたし達スレイヤー隊は、特殊な部隊なんですよぉ~。直接的な戦闘能力は高くないですが、舐められたり軽んじられたりするものではありません~」

「す、すいません!そう言うつもりではなかったんです」

「わたしはホワイトにどう思われても別にいいですよ~、戦闘ではあまり役に立たないですしぃ。でもお姉さまはマスターから」

「いいじゃないか、シェード。私は戦場に出ずに、この図書館で仕事しているのが性に合っているからね」

「も~!おねぇさま~」


 飄々としたナルの態度に、シェードは頬を膨らませる。

 しかしナルに何を言っても無駄なのは、長年の付き合いで分かり切っていた。


 だから、困惑の渦中にいるホワイトをからかう事にシフトしたらしい。


「きしし!ホワイトは、スレイヤー隊に入る気はなくしましたかぁ?」

「い、いえ!それに私はそんな段階でもないと思うので!」


 ホワイトはメイド隊に入ったばかりだ。

 セフィリスからは、自身がスチューデントなのかシスターなのかも聞いていない。


 むしろ裏切り者である自分が、メイド隊に居場所があるのかすら不明と言えよう。


「……ホワイトの扱いは、実際難しいのだろうね。特殊だと言う方が適切か」

「特殊ですか……?」


 ホワイトの沈んだ顔を見て、ナルが口を開く。


「君の扱いは、恐らくメイド長預かりだね。かと言ってメイド長直属という訳でもない。ホワイトは、試験薬として使われている可能性が高いかな」

「試験薬ですかぁ~?」

「ああ。ルドワイエ様の洗脳が感染すると言う噂は知っているかな?」

「あ~、お姉さま言ってましたねぇ。副メイド長と一部のエルダーしか知らないんでしょ~」


 答えられないホワイトの代わりに、シェードが口を開く。

 ホワイトにとっては初めての話だったが、自身が試験薬という言葉が気になって、会話の腰を折る事は出来なかった。


「ルドワイエ様が魔法でメイド達を洗脳していて、しかもその洗脳がメイドからメイドに感染する可能性があるとの話だ。自分達や仲間が洗脳されていて、ましてやそれが感染するとあっては、多大な混乱を呼びかねないからね。セフィリス様は噂として広まらないように、秘密裏に対処しようとしていたんだ」


 ナルは説明しながら、初めて少し困った表情を見せた。


「対処の方法も確認の仕方も、よく分からなかった。唯一分かったのは、感染するとステータスに突如変化があるらしい事だけさ。しかし気付いた時には既に洗脳は広まっている様子で、今更全員のステータスを確認し直しても、それが洗脳による変化前なのか後なのか判断ができない状態だった。

 更に無理に調査するとなると、逆に感染が拡大する恐れすらある。しかも洗脳に気付いたことをルドワイエ様に悟られたら、どういった手段を取られるか分からない。洗脳した者達を暴走させるかもしれないし、自害させるかも知れない。

 対処も難しく、調査すら大々的には行えない。なかなか手詰まりだろ?そうしている間に、今の有り様さ」

「大変な状況なんですね……」


 ナルが噛み砕いて説明してくれたので、ホワイトにも事の重大さは伝わった。

 つまり対応が後手になっている間に、ルドワイエが外交的理由で乗り込んできてしまったのだ。


 ルドワイエは状況を詰めに来たのだろう。

 今は突然の訪問に対する手続きを事後で行っていると言い訳して、ルドワイエを自室に押し込めているらしい。


 ただそれも限界があり、明日にでもルドワイエとライガーの会談が行わされてもおかしくはないと、メイド長は説明していた。


 訪問の名目は特産物の売り込みだが、メイドを人質に取られている状態で、どんな要求が行われるか分かったものではない。

 ホワイトでも知っているくらい、ルドワイエの領土は強大で好戦的。シリウスアクティビティ側は、戦争は回避しなければいけない。


 さらに言えば肝心のメイド達の誰が洗脳されているのか分からない以上、仮に強硬手段に出ようとしても、思わぬ反撃を受けかねない訳だ。


「結局セフィリス様が選んだのは、洗脳の状態や解除方法を明らかにするのではなく、自分自身だけは絶対に感染しない道だった。感染の可能性が低いエリスだけを連絡係にして、自分1人だけででも、この領地を守ろうと決めたのさ……あらゆる手段を想定してね」


 ナルは軽く溜息を吐いた。


「バカだな、あの人は。でも孤独なそれ以外の道を、選ぶ余地も時間も無かったんだろう」

「だから感染の可能性が低い市民……ホワイトを連れてきたんですねぇ~」

「ああ」

「わ、私がナルさんやシェードさんの感染を確認すると言う事ですか!?試験薬と言う事は!」


 ホワイトは自分の役割に気付いたとばかりに息を呑む。

 しかしナルもシェードも首を横に振った。


「私達に接触したホワイトが洗脳に感染してステータス変化があれば、『私かシェードが洗脳されている』黒と確定する。ホワイトが感染しなければ、私もシェードもグレーのままさ」

「そんな……」


 つまりは無色のホワイトをメイド達と混ぜて、感染するか否かで相手の状態を図ろうと言うだけの話。

 ホワイトの能力は関係ない、本当に道具としての使い方だった。


「きしし!わたし達も信用されてなくて辛いですけどぉ、ホワイトも大変ですね~」


 シェードがからかうが、ホワイトは彼女の目を見る事は出来なかった。

 言い過ぎたかと表情をこわばらせ、シェードはナルに助けを求める。


「大丈夫そうかい?」


 ナルは静かな声で、ホワイトに尋ねた。


「……はい!」


 ホワイトは残っていた食事を口に突っ込む。

 暫く咀嚼して、それらを呑み込んでから返答した。


「私、絵が好きですから!」

「そうか」


 それは良かったと、ナルは静かにほほ笑んだ。

 手持無沙汰のシェードは紅茶を口にするが、既にぬるくなってしまっていた。

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