37「ナルとシェードと大図書館」

 ロビー清掃を終えたホワイトは、今度は棚から指定区画の本を集めて運んでいた。


 棚は1つ1つが非常に高く、はしごや階段を使って上り下りしなければいけない。

 本も装飾や魔力の籠った重いものが殆どで、かなりの重労働となっていた。


 運んだ本は内容や用途を書類と照らし合わせて確認する。

 初日から割り振られた仕事としてはそれなりにハードと言えただろう。


「これとこれは元々あったものですね!こっちは……既存ものものですが、修繕が必要そうです!」


 ホワイトは1階のだだっ広いテーブルに、運んできた本達を積み重ねる。

 本とリストを比べながら、丁寧にチェックしていった。


 城にある巨大図書館は、一応ダンジョンという扱いらしい。

 原理は分からないがダンジョンに湧く系の貴重な本が自然発生するので、その確認と既存の貴重な本の手入れが図書委員の日々の仕事となる。


「きしし、どんなもんですか~?何も出来ずに途方に暮れてますかぁ~」


 高く積もった本に埋もれて作業を進めていると、にやにや顔の女の子が寄ってきた。

 朝にホワイトに清掃の仕事を割り振った、背の低い茶髪の女の子だ。


「あ、シェードさん!今こんな感じです!」

「ん~?どれどれぇ~」


 シェードは先輩風を吹かせて、ホワイトの見せた書類を覗き込む。

 したり顔でミスの注意と正しい仕事の仕方を教えようと画策するシェードだった。


 しかし書類のチェックをしていく内に、難しい顔になっていく。


「むむ……そ、それなりにできてますね……」

「良かったです!私、数字とか強くなくて不安でしたが!」

「感じ悪いですね~、嫌味ですかぁ?」

「いえ!奇想の断崖では、仕事が遅いってよく怒られてました!」


 シェードは不審げな顔で書類とホワイトを見比べる。


「どうせ他の男達があげてきた書類がワルワルで、あなたに負担掛かってただけでは~?」

「……まぁ、ミスや間違っているものは多かったですけど」


 いきなり奇想の断崖の悪口を言われたのは心外だったが、メンバーから上がってきた書類がメチャクチャだったのは確かだ。

 数字が間違っていたり誤魔化してあったりしたので、毎回ホワイトが確認し直して修正し、その上で再度集計を行わなければいけなかった。


「ほ~らね~、無能な男達なんて、肩入れしたって無駄なだけなんですよぉ。自分は悪くないって認めたくなくて、弱い立場の人に無理を押し付けることしか考えていないんですから~」


 シェードは嫌だ嫌だと肩を竦めた。


「シェード、あまり決めつけは良くないし、彼女の仲間を悪く言ってはいけない」


 ホワイトが反論するか困っているとが、司書の女性がシェードを窘めた。

 本を読み終わったのだろうか。ホワイト達の居るテーブルへと歩いてくる。


「お、お姉さまぁ!でも~」

「個人で何を思っていてもいいよ。けど私達が品位のない事を言えば、マスターに迷惑が掛かる。分かるね?」

「はい……すいませんでしたぁ」


 お姉さまと呼ばれた彼女は、長い黒髪を三つ編みにして、右肩に流している。

 メガネをかけて暗い笑みを湛えているが、地味な印象ではなく、端正な顔立ちをしていた。


「君がホワイトだね。私はナル。よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

「図書館ではお静かに、ね」


 ナルは唇に指を当て、悪戯っぽくウインクした。

 ホワイトは慌てて謝ったが、ナルは気にしないよと笑って流す。


 ホワイトの隣の席に座ると、シェードにも座るように促した。


「シェードにも事情があってね、彼女の失言は気にしないで貰えると嬉しい」

「事情ですか?」

「彼女の事情というか、この国の事情かな」


 ナルは薄く笑い、2人に紙袋を手渡した。


「お弁当だ。食べながら話そう」

「きしし、ありがとうございます~」

「あ!ありがとうございます!」


 シェードは紙袋を受け取りながら、周囲のゴースト達に指示を出した。

 彼女の魔術『亡霊操作』によるもので、ゴースト達は指示に従ってテーブルの上の本の山を、一時保管用の棚に移し替えていく。


 この図書館の棚は防御魔術が施されており、湿気や臭いなどから本を守る構造になっている。

 これで食事を摂る準備が整った。


「さて、何から話そうか?ホワイトにメイド隊を好きになって貰えると嬉しいけれど」


 ナルはホワイトを落ち着かせるように微笑み、静かに話し始めた。

 彼女の声は済んでいて心地よく、まるで朗読を聞いているかのようであった。

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