32「瓦解する世界」

 狐火の鬼姫がジャスティスへの猛攻を続ける。

 空間の魔力を燃やしながら、強く速く熱く、刃先は怒涛する。


「申し訳ないが、ここは反転した世界!私の好きにさせて貰おう『ピースメーカー』!」


 しかしジャスティスは不敵に笑うと、魔法を行使した。


「――――!!」


 鬼姫の刃がジャスティスを襲う。

 が、刃はジャスティスの体表を滑り、ダメージを与えられない。


「さよならだ!」


 ジャスティスが足で地面を叩くと、床や壁がミシミシと軋み出す。

 直後、破壊された床壁が瓦礫群となり、恐ろしい速度で鬼姫に襲い掛かった。


 目に見えぬ速度の魔力を込められた大質量達。

 鬼姫は瓦礫を全て叩き落したが、相殺には大変な攻撃力が必要だったのだろう。


 体内の魔力を緊急的に使い切り、鬼姫は消滅してしまった。


「おっと!無駄さ」

「嘘でしょ……!」


 瓦礫に隠すようにブラックが攻撃を放ったが、弾丸はジャスティスの体表を滑って逸れてしまった。


「君達は逃げるのが正解だったのさ!絶対的正義の前ではね」

「え……あ……!!」


 ジャスティスが手をかざすと、ブラックの手から拳銃がすっぽ抜けてしまった。

 ブラックは反射的に空中の拳銃を捕まえようとする。


「へあ!!痛ぁ!?」


 直後足が滑ったように、ブラックは顔面から床に突っ込んだ。

 ぶつけた鼻を抑えながら立ち上がろうとしたが、踏ん張りが効かずうまく動けない様子。


「危ない!!」

「へ?」


 右目がブラックが死ぬと騒いでいた。

 俺は考えるよりも先に、ブラックに飛びかかっていた。


「……きゃっ!?」


 直後、ブラックが倒れていた床がひび割れ、恐ろしい速度で瓦礫が上方に噴出される。

 瓦礫は攻撃を弾く筈の天井に突き刺さり、バラバラと破片を降らせていた。


「は……?」


 ブラックがぽかんと口を開け、その威力に言葉を失う。

 この城の防御は大魔術にも耐える筈。


 それを破壊する瓦礫をまともに喰らえば、人間など簡単に消し飛んでしまうだろう。


 建物は床や壁に多大な負荷が掛かっている。

 この城のように巨大な建造物であれば、どれほどの力が掛かっているか計り知れない。


 恐らくジャスティスは摩擦を失わせ、負荷を操作して任意の方向に打ち出しているのだと思われる。


「……あ!?ごめん」


 ブラックを抱きしめたままだったことに気付き、慌てて離れようとする。


「待って!離れないで!!」

「え……?」


 しかしブラックに腕を掴まれ、逆に引き寄せられる。


「やばいのがくるわ!『フルメタルジャケット』!!」


 見るとジャスティスがこちらを見て悠然と笑っていた。


 ブラックは防御用の魔術が発動させる。

 実態のある魔力障壁のような物だろう、ブラックを包むように金属のような銀色のバリアが貼られる。


 1人用の防御魔術っぽかったが、密着した俺もまとめて守護される。


 思ったよりも体が柔らかいとか、汗の奥に良い匂いがするとか、手をどこに置けばいいのだろうとか。


 余計な煩悩は、思い浮かんだ瞬間に消えていた。


「――――!!?」

「―――っっ!!」


 床が崩れて空中に投げ出される。

 そして壁や床、天井が爆裂し、超電磁砲の如く瓦礫が射出される。


 襲い来るのは全方向からの瓦礫の乱射乱撃。

 恐ろしい魔力が込められた超質量が、音速を超えて掃射される。


「やばいやばいやばい!なんなのよ、これ!!」


 ひたすら続く攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃。

 バリアを打つ音が、心を削いでいく様だ。


 俺達は幼子のように身を寄せ合い、嵐が収まるまで縮こまる事しか出来なかった。


「やばい!」


 ビシビシと硬質のバリアが軋んでいく。

 そして守りがパキリと割れた後、意識は白く失われていた。


「――――――」


 永遠のように思えた時間の後、感覚が消えている事に気が付いた。

 痛みもなく、色彩すら感じ取れない。


 既に空中ではなく、瓦礫と共に床に転がっていた。


「まだ形が残っているとは優秀な防御だ!」


 上から声が降ってくる。

 唯一動く眼球を声に向けると、ジャスティスが吹き抜けになった上の階から降りて来ていた。


 階段があるかのように空中を降りてくる彼女は、歌劇団のスターの様に見えた。


「……天使?」


 ジャスティスの背中に白い大きな羽が見えた気がする。

 割れた壁から光が差し、彼女を神々しく照らしていた。


 ゴボリと、口から血の泡が噴き出した。

 それでやっと自分の体が致命的で、もはや動ける形でない事に気が付いた。

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