31「魔法の世界」

 世界が硬く、熱く、恐ろしいものに変化する。

 ジャスティスの魔術により、周囲一帯の摩擦が上がっていく。


 俺もブラックもひり付く空気に囚われる。

 ジャスティスが魔術を完了させれば、俺達は世界にすり潰されるだろう。


 ――もう痛いのは嫌だ。


「狐火―――『鬼姫』!!」


 痛みから逃げ、右目に魔力を込める。

 ジャスティスの魔術を完成させるための魔力を視界に収め、正体不明の術を起動した。


「なに!?魔眼を使ったのか!」


 ジャスティスの手許の魔力が燃え上がり、鬼の面を被った女性の炎になる。


 背が高く背中まである髪。

 赤く燃えて明滅しているが、元は黒髪だったと見える。


 手には2メートル程の刀を持ち、ゆるりと構える。

 美しい振袖が着乱れて、胸元や脚などの肌が露出している。


 今まで呼び出していた鬼姫と同じ姿だが、起動に使った魔力量が桁違い。

 鬼火では炎が女性の形をしているだけだったが、狐火ではもっと人の輪郭をしていた。


 地獄の炎に焼かれながら大群と戦う。

 1人の悲しき女性を幻視した。


 パワーSSS

 スピードSS

 耐久力AA

 魔力SS

 魔力障壁SP(業炎攻性)

 魔力干渉力C

 総合SS


 ――燃え盛る原野に連なる敵、敵、敵、敵、夥しく埋め尽くす。

 ――3万に相対するは無謀なる独り。


 ――意味もなく、先もなく、仁義を果たす相手もなし。

 ――胸に一つある思いのみに。


 ウラミハラサデオクベキカ


「うっ……!」

「だ、大丈夫?」


 右目が酷く痛み、頭が内部から破壊されるかと思った。

 ブラックが心配してくれたが、軽く頷いて問題ないと伝える。


「『インフェルノ』!!」


 ジャスティスは体内の魔力を緊急的に吐き出し、無理矢理周囲の摩擦を上げる。


「――――!!!!」

「く!!」


 鬼姫は摩擦の防御を気にも留めず、長い刀を振り下ろした。


「えげつなー」


 バゴンだか、ボゴンだか、大砲が発射された様な衝撃音が廊下に響く。

 周囲一帯に炎熱が巻き散らかされ、俺の体表を濡らしていた血が一瞬で蒸発した。


「これほどか!『インフェルノ・バスター』『ヘル・ロック』『ヘル・フレイム』!!」


 摩擦を貫通されたジャスティスは、魔術を放ちながら後退する。

 鬼姫は軽く剣を振るって攻撃を破砕しながら、ジャスティスに迫っていく。


「Six bullets『Triple shot』!!」

「ぅ……容赦ないな!」


 ブラックは遠距離から、ジャスティスの右肩と右ももを狙撃する。

 致命的なダメージではないが、魔弾はジャスティスの体表のシールドを砕き、よろめかせた。


「――――!!」


 呪炎が音となって、鬼姫の口から洩れる。

 刃を振り上げる姿を後ろから見て、ブラックがえげつないと言った理由が分かった。


 人を刀で攻撃する時は、首や脇など鎧の無い部分、血管が集まる弱い部分を狙うものだ。

 しかし鬼姫の炎は相手の防御や攻撃を、真正面から叩き切り続けている。


 衝動理由は怨念か、傲慢か、復讐か、自信の無さか。

 いや、全く何も考えていないのかも知れないが。


 右肩と右ももへの攻撃を警戒するジャスティスを無視し、顔面へと大太刀を振り下ろした。


「く!強気な奴だ!」


 ジャスティスは慌てて体を斜めにして回避する。

 が、剣先が掠った左肩がバッサリと血を吹き出した。


 大気中の魔力を燃やしながら、なおも猛攻を振るう鬼姫の炎。


 いずれここら一帯の魔力を使い尽くし、炎となった鬼姫は燃え尽きるだろう。

 ジャスティスは刻限まで耐えきる事は出来るかもしれない。


 しかし魔力が枯渇したフィールドでは、ジャスティスの高い魔力干渉力を活かせない。

 そもそもこれ以上怪我をすれば、ほぼ無傷のブラックを追う事は出来なくなるだろう。


「致し方ない!人の本能には死んではならないとファースト・オーダーが刻まれているものだ。しかし私の心臓には、偽りの使命が挿げ替えられている。不快だが、従わぬことは正義である私が許されないのさ」


 ジャスティスは諦めた表情をした後、魔力を込めた目を見開いた。


「魔眼発動・魔法適用・反転行使『ヘヴンリィ・ヘブン(争いの無い世界へ)』」


 彼女が見た世界が遷移し、世界の法則が塗り変わっていく。

 変質したルールが反転し、誰も知り得ぬ未知が満ちていく。


「へっ!?魔眼?魔法!?反転!!全部チートじゃないの!?」


 ブラックが自身がそうできたことに驚きながら、悲鳴のような嬌声を上げる。

 これ以降は息を吸うのすら、今まで通りにできぬ魔法の世界。

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