30「正義とは摩擦と見つけたり」

 過剰な鼓動を続ける体が重い、魔力を吸い続ける喉が熱い。

 苦しい、辛い、キツい、痛い。


 弱音が脳を駆け巡る。

 それでも死にたくないと言う本能が、俺の血液を燃やし続けた。


「くるわよ!」


 ブラックの声がする。

 同時に廊下の向こうから赤と黒が混じった熱線が飛んでくる。


「く……!!」


 十分な距離で熱線を避ける。

 しかし高温度の攻撃は周りの空気を沸騰させ、ジリジリと魔力障壁を焼いていく。


「寄ってくる!牽制するから対処してね」


 ブラックは倒したメイドから奪った拳銃に魔力を込める。


 そう。奇襲をかけて2人居たメイドの内1人を倒し、勢いのままブラックを解放した。

 そのまま逃げようとしたが、うまくはいかず、もう1人のメイドに追いかけられている始末。


 パワーF

 スピードD-

 耐久力E

 魔力A

 魔力障壁A

 魔力干渉力BB

 総合B-


 ブラックのステータスが表示される。

 肉体面が低く、射撃面が強い魔術師タイプ。


 俺が前に出て連携するのがいいのだろう。

 しかし廊下の奥にいるメイド……エルダーメイドのステータスがとんでもない。


 パワーA

 スピードBB

 耐久力B

 魔力AAA

 魔力障壁A

 魔力干渉力AA

 総合BBB++(A-相当)


 接近戦も魔術面も強い。

 勿論ステータス面だけでなく、戦闘面で優れているのは先程までのやり合いで実感している。


「名乗りもなくこのまま戦うのかね?寂しいじゃないか」


 エルダーメイドはゆっくりとこちらに歩きながら、廊下の真ん中に身を晒す。

 ブラックが魔力を貯めつつ戦闘準備をしているが、メイドは気にしていない。


「私の名前はジャスティス!ジャスティス・J・ジャッジライトだ!正義を司る死神とでも言おうか」


 背が高く腰まである黒髪。

 快活そうな表情と声は自信に満ちている。


「君たち!正義とは何かわかるかい?そう、摩擦だ!人と人、思想と思想。ぶつかり合ってエネルギーが生まれる!それを正義と呼称する」


 ジャスティスは手を広げ、誇らしげに演説をぶち上げる。

 ブラックは面倒そうに舌打ちをすると、構えた銃に魔力を込めた。


「Six bullets『Same size』!!合わせてね!」


 ブラックが引き金を引くと、レーザーのような攻撃が銃口から発射される。

 人を殺傷するには十分な威力はあるが、オンスロートに撃った攻撃にはかなり劣る。


 ブラックの攻撃の威力と弾数は、使う銃に依存するらしい。

 今使っているのは倒したメイドから奪った護身用の小さな拳銃なので、本来に比べると大きく弱体化してしまっているらしい。


 今の拳銃では等倍威力で最大6発。

 2倍の威力で3発、3倍の威力で2発という所らしい。


 6倍の威力では、今の銃が壊れてしまうので使えないとのこと。


「置きにいった攻撃で対処できると思われたなら、心外だね!正義を語るにも値しない!!」


 ジャスティスは射撃を避けながら、恐ろしい速さで近付いて来る。

 彼女の動きはブラックがイラつくほどに変則的で、射撃が中る気配はない。


 右目によれば、どうも足の裏の摩擦を上げて俊敏な動きを生み出しているらしかった。


 そんな彼女の武器は両手に嵌めた黒い皮手袋。

 空気……もしくは大気中の魔力との摩擦なのか?

 ジャスティスが動く度に皮手袋や彼女の体から炎が上がっている。


「鬼火―『鬼姫』!!」


 ジャスティスが3つ目の弾を避けたタイミングに合わせて、鬼姫を召喚する。

 鬼の仮面を被った炎の女性は、強烈な一撃をジャスティスへと放つ。


「『インフェルノ』!!」

「なっ!!」


 ジャスティスの周囲の摩擦が強烈に跳ね上がる。

 鬼姫の刀は摩擦抵抗に阻まれて目を焼くほどの光を発し、ジャスティスに到達する前に、威力も速度もみるみる減衰していく。


「強く対すれば対する程、相手からの摩擦は強くなるものさ!自らや相手に正義があると言う勘違いを捨てるところから始めなくては」


 ジャスティスは既に鬼姫の攻撃範囲から外れ、こちらの間合いに入ろうとしている。

 短刀を構えて攻撃に備えるが、ジャスティスの魔術発生の方が早い。


「『ヘル・ロック』!!」

「く……動けない!!」


 周囲が固まったように動けなくなる。

 いや体の周りの摩擦を上昇させられたのだろう。


 動こうとするとやすりで擦りあげられるように肌が爛れていく。

 動かない訳にはいかないのに、痛みが体を硬直させた。


「『ヘルファイヤー』!!自らが生み出した正義と相対するがいい!!」

「っ――――!!」


 燃える拳で顔面を殴られる。

 だが本懐はそちらではない。


 顔面への攻撃は、吹き飛ばすことに主眼が置かれた性質だ。

 問題は俺の周りの空気や魔力の摩擦が異常に上昇している事。


 吹き飛ばされて回転する体は、残酷なほどに世界に擦り付けられる。

 バリバリバリバリと、肌に張り付いた高摩擦の空気が、俺の肉を引きはがしていく。


 魔力障壁も体表のシールドも関係ない。

 空気が肌に張り付いて、肉ごと剥がされていく。


 髪の毛にガムテープを貼って無理矢理剥がすととても痛い。

 それの3000倍痛くて、それを全身にやられている様なものだ。


 いや素肌を紙やすりで思いっきり擦られる痛みの1万倍かも知れない。


 動けば動くほど痛みは増していくが、全力で吹き飛ばされたのだから止まれるはずもない。


「ぁう―――!!」


 痛い熱い剥げる焼ける燃える削れる千切れる裂ける焦げる

 バリバリジリジリベリベリボウボウザリザリブチブチベキリジジジジ


「――――!!」


 痛みで声を、思考を失う。

 ものを考えたら痛みで発狂すると理解し、本能が考える獣であることを放棄する。


「~~~~~~~!!」


 恐らくはブラックが俺を叱咤し、代わりに戦っている。

 俺も戦わないといけない。


 肉体の損壊はそれほどない。

 けど!死ぬほど痛い!


 全身がテラテラと血で滑っている。

 ダメージ量で言えば大したことはないのだ。


 けど……動けない。


 もし動いて空気がさっきまでと同じ様に痛くて熱いものだったら。

 自分は今後生きてはいけないと確信する。


「起きて!大丈夫だから」

「っ!!?」


 倒れている俺のすぐ近くで、ブラックの声がする。

 彼女はしゃがんでジャスティスに銃口を向けながら、左手を俺の背中に添えた。


(暖かくて柔らかい)


 世界は痛いものだと刷り込まれた脳に、ブラックの掌の感触が差し込まれる。

 恐らくは優しく置いたのではなく、起きろと叩き起こしたのだろうが。


 俺には十分世界を恐れない理由になった。


「ごめん、合わせるよ」

「りょーかい!Six bullets『Double shot』!!」


 俺は起き上がり、ブラックは2倍の弾丸を放つ。


「『アビス・ブレイク』!!君たちを殺すつもりはない。ただ心折れてくれ。簡単な事だろう?」


 ――再び体の周りの摩擦が跳ね上がった。


「ああ―――!!」


 心臓が握り潰された様。

 言葉が意味を失っていく。


 魔力障壁の強いブラックは多少動けるらしいが、俺は肌に空気が貼り付いて動けない。

 またあの痛み……もしくはそれ以上のものが発生するかと思うと気が狂いそうになった。


「あ……あ……」


 口腔から意味のない音が漏れる。

 ブラックが何か言っているが脳が認識しない。


 ジャスティスは右手を握りしめ、魔術を完了させようとしている。


 殺されるのではなく心が死ぬ。

 俺が俺を諦めてしまうと悟った。


「なさけないのう。力を使いたくないのじゃが、お主に死なれてもつまらないしのう」


 突如右目が熱くなり、どこかで聞いた声が響いた。


「わしの力を使わせてやる。無駄打ちするなよ、逆転の一撃が放てなくなる故」


 何のことを言っているのか分からない。

 でも俺にはそれしか縋るものが無かった。


 その浅慮がどんな結果に繋がるかなんて、俺の知った事ではない。

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