28「メメント・モリ」

「はああああああ!!!」


 ラウンドシールドを装備した右腕に魔力を込め、相手へと走る。

 メイド長さんは泰然と構えたままだ。


「『リトル・メイデン』!!」


 右腕から強力なシールドを発生させ、間合いの中に突っ込んでいく。

 純粋な防御力が上がる上に、丸いシールドが斬撃系を弾いてくれる。


(メイド長さんの構え的に、くるのは抜刀攻撃でしょう!何発来ても耐えて見せます!)


 後3歩!

 最終加速してメイド長さんに突っ込もうとした瞬間、


「甘いですね。防御したらそれでいいと思っているのでしょう」

「あう……!!????!!!」


 突然シールドに衝撃が発生する。

 シールドを貫通された訳ではないが、加速の瞬間に勢いを殺されて足が止まってしまう。


「不思議そうな顔をしている暇はありませんよ。抜刀式『乱れ裂き』」


 メイド長さんが柄に手を掛けて抜い……いや、鞘に納めた?


「うぐうううう!!!」


 体中に無数の衝撃が走った。

 上下左右前後多々、同時多角的に叩かれて、その場の空間に縫い付けられる。


「震脚『豪放』」

「ぅ……あ………!!」


 一瞬メイド長さんが消え、私のお腹に左拳を付けた状態で現れる。

 左足を強く地面に踏み込むと、爆発のような威力がお腹で発生し、視界が無辺世界に吹き飛ぶ。


「うぅ……」


 気がついたら上下逆さまな、変な体勢で壁に貼り付けられていた。

 今の一撃で壁まで吹き飛ばされたのだろう。


「く………!!」


 ――死を忘れるな。


 私にかけられたネガティブスキル……呪い、人によっては祝福と呼ばれる……メメント・モリによってメイド長さんの先程の攻撃が脳内で再生される。


 最初にリトル・メイデンを潰した時は、踏み込んで刀を抜き、刀の柄で私のシールドを叩いたらしい。

 無意識に刃が飛んでくると思っていたから、タイミングと攻撃個所をずらされた。


 次は抜刀した勢いのままの連続切り。

 刃を返して峰で攻撃しているのは、魔術的な縛りではなく、単なる手加減だろう。


 私が認識したのはやはり、攻撃を終わって納刀する瞬間だったらしい。

 刃で攻撃されていたら、気付かぬ内に死んでいただろう。


 そして最後は寸勁?という接触攻撃らしい。

 マコトさんも似た事をしていたが、魔力に依存しない肉体技術的な攻撃との事。


 いやマコトさんは、魔力を通していない攻撃を貫通させてきた。

 メイド長さんの場合は接触した拳から魔力を打ち込んでいるので更に性質が悪い。


(パワーもですが、スピードがとんでもないです!)


 一概に戦闘でスピードと言っても、大まかに分けて4つのポイントがある。


 攻撃発生から命中までの攻撃速度(ハンドスピード)、

 最初の攻撃から次の攻撃に移る連打力(ラッシュスピード)、

 移動速度であるフットワークの動き初めの初速(イニシャルヴェロシティ)、

 そしてどこまで速度が出るかの最高速(トップスピート)。


(マコトさんは初速だけ速かったですが、それでも対応できませんでした!メイド長さんは全てが速い!)


 対応できる訳が無かった。


(けど!)


 メイド長さんは魔術師ではなく、武術師に見える。

 魔術が使えないタイプであれば、中距離魔術攻撃で優位に運べるかもしれない。


「はああああ!!『ライトニング・ザ・ライト』」


 片手剣に魔力を集め、光の剣を形成していく。

 光り輝く剣の刀身は、振るえば10メートル範囲を切り裂く。


「1対1でのんびりした攻撃ができると思っているのでしょうか?」

「あだ!!?」


 突然剣を握る指に痛みが走った。

 思わず攻撃を停止した瞬間、今度は全身に連続した衝撃を受け、壁に打ち付けられた。


「なん……ですか……?」


 メイド長さんは左腕を前にして構えてはいるが全く動いていない。

 メメント・モリによる再生に襲われ、メイド長さんが……何をしたのか分からなかった。


「不思議そうな顔ですね」


 メイド長さんは空気を撫でるように、左手を動かす。


「ここには何がありますか?」

「空気です!」

「間違いではありませんが、正しくはありません。世界には魔力が満ちており、この空間にも魔力が存在します」


 メイド長さんは光の消えた私の剣に目を向けた。


「魔力には大気中に存在するものと、体内で生成されるものの2種類があります。あなたもやっていましたが、外の魔力を引き寄せて体内の魔力を放出して混ぜ合わせ、現象を行使するのが魔術です」

「はい!それは教えて貰ったことがあります!」

「一方武術は大気中の魔力を体内に取り込み、体内の魔力と混ぜ合わせてエネルギーにします」

「聞いたことはあります!私、使えませんけど!」


 メイド長さんの話は一般的な理解だ。

 実際魔術師は魔術で中遠距離攻撃をし、武術師は肉体強化をして近距離戦闘をするイメージがある。


「しかし魔術や武術は、戦闘に於いては全てではありません。魔法あるいは虚空あるいは反転あるいは神秘あるいは祝福。そういった例外的な超常現象も、実践においては必須ではありません」


 メイド長さんは左手を前に出すと、私に向けて指ぱっちんをした。


「あたっ!なんですか、それ!」


 突然顔面に軽い衝撃が走る。

 痛い訳ではなかったが、驚いて叫んでしまった。


「修行をしていない人に説明は難しいのですが、大気中の魔力を弾いてあなたにぶつけてるイメージでしょうか」


 メイド長さんは説明をしながら右足を踏み込んで、右拳で何もない空間を殴り付けようとしている。

 10メートル弱離れているので中る筈もないのだが、何故だかマコトさんの鎧を貫通する攻撃を思い出した。


「危ないです!」

「へえ?」


 メイド長さんが虚空を殴りつけると、思った通り私が元居た空間が爆発した。

 大した爆発ではなかったが、避けなければ防御力を貫通して、体内にダメージを負っていた事だろう。


「遠当てを見たことがありそうですね。もしくはダメージを分析する能力でしょうか」


 メイド長さんは両手を合わせ、パンと鳴らした。


「うっ……あ!」


 両側から空気に押され、勢いよく地面に押さえつけられた。

 私が倒れている間にメイド長さんは右足を上げ、叩き付けるように床に踏み下ろした。


「ぁあ………!!」

「頑丈な娘ですね」


 踏み込んだ衝撃で地面が揺れ、衝撃が増幅される。

 衝撃に弾き飛ばされて壁に叩き付けられるが、メメント・モリは発動しない。


 だからこそ彼我の差が分かってしまった。

 力の差に絶望するのではなく、なぜ挑んでしまったのかと後悔するレベル。


 メイド長さんにとって、あれは攻撃ですらないのだろう。

 手を鳴らせば音が聞こえる、足を踏み鳴らせば振動が伝わる。


 それが通常より激しいだけ。

 私を吹き飛ばす衝撃でさえ、あの人にとってはその程度の事なのだ。


「でも!私は勝ちたいです!」

「……愚かですね」


 一方的に攻撃をされているが、さしたるダメージはない。

 一撃でも大きいダメージを入れれば、逆転が起きるかもしれない。


「はあああああ!『ライトニング・ザ――


 右手の片手剣を強く握り直し、ありったけの魔力を集める。

 メイド長さんがいかに速くても、横の薙ぎ払いであれば中たる筈だ。


「愚かしいのは、実に好ましいです」

「ラ―はぐぅ!!!!」


 一瞬で目の前にメイド長さんが現れ、魔術の起動を中断される。

 魔術的に阻害されたのではなく、口の中に指を突っ込まれて舌を掴まれた!


 高級そうな良い匂いが鼻腔を擽る。


「ふぁはふぃへふふぁふぁひ!!」

「ええ、分かったわ」

「ふぇふい!!」


 左肘で右手をこじ開けられ、剣を落としてしまう。

 右足を足の間に差し込まれ、左の内腿を右ひざで押さえつけられる。


 体を密着され、抑え込まれたように動けなくなってしまう。


「んふぁ……ぁぅ……」


 人足し指と中指で舌を挟まれて固定され、舌先を親指で弄ばれる。

 少しの汗のしょっぱさと、肌の奥の甘い香りを舌に感じた。


 私の唾液に塗れていくメイド長さんの指に、良からぬ感情を抱いてしまう。


「でも聞き分けが良くないのは歓迎できないですね」

「ふぁっへふふぁふぁ!」


 メイド長さんは唇が触れるくらいに、耳に顔を近づけてくる。


「ふぁっ!!」

「ん!次は舌を噛むからね」


 濃密な声が耳の穴に流し込まれ、舌に爪を立てられる。

 ヒリリとした痛みに脳が震え、知らず右ひざに内ももを押し付けていた。


「メイド長おられますか!問題が発生しました!」

「ひゃっ………」

「…………すぐ行きます。待っていてください」


 扉が叩かれて、慌てた声が響いて来る。

 メイド長さんは私を解放し、手早く衣服を整えた。


「っ…………!!」


 メイド長さんは部屋を出て行き様、無言で私の頬を撫でていった。


 思わせぶりな行為に、意味があったのかは分からない。

 いやきっと無かったのだろう。


「………最低です、私」


 それでも意味を見出そうとしてしまった時点で、私の心は折れていたのだろう。

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