27「また私、なにかやってしまいましたか?(焦)」

 ライガーの居城は非常に大きく、地上は約20階、地下は訳の分からないダンジョンになっているらしい。

 部屋の1つ1つも持て余す程に広く、メガストラクチャーの如き巨大構造物になっている。


 曰くこの城は人造物ではなく、元々浮島に存在した聖遺物らしい。

 古の時代の神の居城で、後に王族が住むことになったと伝え聞く。


 むしろこのシリウスアクティビティは城こそが本体で、町や農地は隙間の土地に作られたおまけと言えよう。


「全然着きません!階段があちこちに別れているとは!」


 現在城の居住区として使っているのは精々4、5階分。

 主の間のみ6階にあると地図に記されている。


「本当に大きいです!壁もすごい頑丈ですし!」


 ホワイトは6階に向かいながら城の壁を触る。

 壁には魔力が通っており、やわな攻撃では傷もつきそうにない。


 最も防御力が高いのが外と城を隔てる外壁で、神の雷霆すら弾くという。

 床や部屋の壁は外壁より防御力は落ちるが、普通の人間に壊せる代物ではない。


 加工をしている部分はまだしも、床や部屋の壁を抜くには、SSクラス以上の攻撃か魔力を貫通・無力化する攻撃技術が必要だろう。


「こんな防御施設を持つ領主に真正面から挑むなんて、やはり無茶ですよ……」


 ホワイトは珍しく気落ちした様子。

 しかしすぐに首を振って、最後の階段を上った。


 6階に到達して少し歩くと、豪華に装飾された扉を見付けた。

 ホワイトの給料1年分でも買えないであろう立派な扉の先には、領主の部屋があるに違いない。


「失礼します!私はホワイトです!」


 ホワイトは大きく息を吸うと、扉をノックして名乗りをあげた。

 扉の奥で誰かが動く気配がしたが、答えが返ってくる事はなかった。


「入りますよ!」


 ホワイトはしびれを切らして扉を押しあける。

 ――瞬間、脳を潰されたような衝撃を受けた。


「すごい……」


 遠い昔の記憶に見た、絵本の中に迷い込んだのかと思った。

 調度品は全て光り輝いており、ベッドはお姫様が寝ていた天蓋付きだ。


 飾られている花瓶も絨毯もカーテンも、教養のないホワイトが見ても貴重と判別できる。


「…………なぜ泣いているのでしょう?」

「え?」


 心の内の投影に見惚れていたのだろうか。

 ホワイトは声を掛けられて初めて、自分がぼんやりしていた事に気が付いた。


「い、いえ!泣いてなどいません!」


 頬を触ると確かに涙の筋ができていた。

 慌てて袖で拭うが、後から後から涙が出てきて止まる気配が無い。


「袖で拭くのは止めなさい。はしたないでしょう」

「あ、すいません……」


 泣き止めない様子を見かねてか、部屋にいた女性はホワイトの頬にハンカチを当てる。

 涙を拭うと、乱れたホワイトの袖を直した。


 170センチに少し届かない位の長身で、手足も長くスタイルが抜群。

 腰まであるサラサラの金髪をポニーテールにまとめ、顔は彫刻のように整っている。


 彼女を見てホワイトは、またも言葉を失ってしまっていた。


「で、なんのようですか?奇想の断崖のホワイト・リリィ」


 ポニーテールをほどきながら、金髪美女はホワイトから離れる。

 テーブルに置いてあった2メートル以上の長刀を腰に下げると、隙なく構えに移行した。


「そうでした!私は領主さんと話し合いにきたんでした!」

「話し合い?完全降伏の申し入れではなく?」

「なんで私達が降伏しないといけないんですか!私、自分が誰か言いましたっけ?」

「さっき馬鹿みたいに名乗っていたでしょう」

「そうではなく!奇想の断崖に所属している事とかです!」


 ホワイトは金髪美女の戦闘態勢を気にも留めない。

 金髪美女はすぐに戦闘を始める様子はなかったが、警戒を解く気配も無かった。


「不勤勉な領民は、こちらでチェックしていますから」

「不勤勉とは心外です!私、仕事はちゃんとしている口です!」

「あなたの現在している事は、この国の運営とは関係ない遊戯です」

「関係ないとは失礼です!一生懸命働いているんですから、咎められるいわれはありません!」

「革命ごっこの会計係が、仕事のつもりですか?」

「ごっこじゃないですけど、仕事です!お給料も貰っています!」

「給料の出所は、領民から奇想の断崖への寄付でしょう。本来税や消費に回る部分が流れているだけで、ライガーに益はありません」


 金髪美女は一度言葉を切り、確認するようにゆっくりと口にした。


「私達があなたに与えた仕事は、絵を描くこと。忘れてないでしょう?」

「与えられたものでなくても、お給料を貰えば仕事は成り立つと聞きました!税金も天引きされていて、ちゃんと払ってくれている筈です!」


 ホワイトの言い分に、金髪美女は無機質に目を光らせる。


「あなたは定食屋で魚料理を注文して、肉料理が出てきたらどう思いますか?」

「それは困ります!魚の気分の時は、魚を食べたいですから!」

「あなたのやっている事はそれです。絵を描けという注文通りに働いていないのですから、クレームは止むを得ないでしょう」

「う……でも私なりの考えがあるんです……スランプです……」


 ホワイトは後ろめたい事があるのか、少し弱った表情になる。

 金髪美女はそんなホワイトを、容赦なく追及する。


「スランプなんて高尚なものはあなたに訪れないでしょう。あなたは全く同じ絵を描き続ければいいのです。オリジナリティもいらなければ、雑でも構いません。訪れた商人に配るリーフレットに挟むだけの絵なのですから」

「おもしろくない……です……知らない人が描いた絵を、何百枚もただ写し続けるなんて……見た人の感想も分かりません……きっと見ずに捨てられるだけです……」

「それが仕事です。すべきことをやりさえすればいい」

「やりがいは欲しいです!やりがいのある仕事が良いです!」

「毎日無能に怒られながら苦手な金勘定をする事が、あなたのやりがいじゃないでしょう。あなたはやりがいを求めているのではなく、せねばならない事から目を反らしているだけです」


 ホワイトは否定しようとしたが、言い淀んで口をへの字に曲げてしまう。


「あなた達の仕事とは税金や公共料金を支払うための、益のある作業の事を言うのです。そこにやりがいや社会貢献、人生の目的を見出そうとする理知的な理由はありません。

 まぁ疲労を麻痺させる薬として、やりがいを求めるのは許容されるでしょう。しかし中毒になって自己肯定をするのは、いただけません。ましてや薬を求めて本来の仕事をしないなど本末転倒も甚だしい」

「暴論です!人はやりがいや夢なくしては生きていけません!」

「夢とやりがいを同列に語るのはよしなさい。人生の価値を失いますよ」


 金髪美女に強く言われて、ホワイトはビクリと身を竦ませた。


「あなたの言っている夢というのは、奴隷の鎖自慢程度のものでしょう」

「な!なんてことを言うんですか!」

「今日はいつもより綺麗に字が書けた、今日はお客さんにありがとうと言って貰えた。そんな感情を慰めるだけの、本質でない部分に夢を求めるのは、人生を滲ませる悪手だと言っているのです」


 金髪美女は感情を動かさず、しかしホワイトを手折るみたいに言い切る。


「物資が潤沢になり、あなた方が賢くなりさえすれば、領民全員がこの城に住むことだってできます。全ての人が豊かで幸せな生活を。ライガーのそんな夢が叶います。

 その夢を邪魔する程、あなたの行動が意味あるものとは思えません。仕事に誇りを持てとも一生懸命やってくれとも言いません。ただ与えられた仕事を全うしていただきたい」

「そ……そんな事を言われても分かりません……」

「……そうかも知れないわね。奇想の断崖を作ったのが誰かも知らないのでしょうし」


 ホワイトは物言いに首をかしげるが、金髪美女は説明しても無駄だとばかりに目を瞑る。

 そしてゆっくりと瞼を開き直すと、話を切り替え、今度はホワイトのミスを弄ぶ。


「あなた、直接領主の部屋を訪ねて、和解の話し合いをしようと思ったのでしょう」

「はい!その通りです!」

「残念ですが、ここは領主の部屋ではありません」

「え!でも6階は領主の部屋しか使っていないのでは!」

「まぁ……業者に渡した地図には、記載してないかも知れませんね」

「な……また私、なにかやってしまいましたか……?」

「ここは領主の部屋ではなく、領主の部屋への控室です。領主をお世話するメイドの詰め所ね」


 ホワイトは自身の間違いに気付き、肩を竦めてシュンとしてしまった。

 金髪美女はホワイトの落ち込みっぷりに満足したのか、慰めるでもなく声色を緩めた。


「いずれにせよ、城に侵入して領主の部屋に赴こうとするなど、排除対象に他なりません」

「それは……考えが回りませんでした!」


 ホワイトの表情に、金髪美女は口元をヒクつかせる。

 しかし息を1つ吐くと、隠すように雰囲気を鋭くした。


「武器を構えなさい。このメイド長セフィリスがお相手いたしましょう」


「いえ!私は話し合いにきたんです!」

「問答無用。武器を構えねば、一歩的に死ぬだけですよ」

「でも!」

「無防備で死にたいなら、好きにしなさい。私は私の仕事をするだけです」


 セフィはこれ見よがしに刀の束を握って見せた。


「……う……分かりました」


 ホワイトは金髪美女を気にしながら、手慣れない様子で長いスカートを捲る。

 太もものガーターベルトから、短めの片手剣と小さいラウンドシールを取り出して装着しようとする。


「…………もういいですか?」

「ちょ!ちょっと待って下さい!」


 いや慣れないメイド服のせいか、うまく装着できず手間取っていた。

 今度は手伝いはせず、セフィはホワイトを愛でる様に眺めていた。


「なにを緊張しているのでしょう?」

「ききききき緊張なんてしてません!でも話し合いをするために来たのですから戦いたくはありません!」


 ホワイトの様子を見て、初めてセフィは分かり易く表情を崩した。

 官能的な、嗜虐的な、無垢とも言える顔に、ホワイトは喉を鳴らして唾を飲み込んでしまう。


「話し合い……あなたは本当に話し合いに来たと思っているのでしょうか?」

「?そうです!奇想の断崖と領主側の争いを、話し合いで止めたいと思っています!」

「愚かしい。あなたは自分の心すら理解していないのね。いいですね、少年のような中性的な顔も、薄い胸も、細い手足も腰つきも。自分の醜さに気付かない未成熟も。子どもとは自分の醜悪さに気付かない様を言うのだから」


 セフィは愛の告白のようにホワイトを罵る。

 冷静沈着だが熱の籠った声色に、ホワイトは深い戸惑いを覚えた。


「だから大人にしてあげます。無知の殻を破り、自身の獣を自覚なさい」


 セフィには中身を知る由もないが、ホワイトが欲している宝箱を見せつける。

 ――それはホワイトが自身の破滅を予感する劣情。


「あはっ!私に勝てたら好きな絵を描いて暮らしていいです」


 それがお前が仲間を裏切った目的だと。

 服をはだくように暴力的なセフィの官能。

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