22「百合の園」

 食糧庫を出てホワイトと別れ、ルーリエとフカフカの廊下を歩く。

 ルーリエは城の装飾の豪華さに目を丸くし、お姫様になったみたいだとはしゃいでいる。


 現在奇想の断崖の他のメンバーは、城の正面で抗議活動をしているらしい。

 絶大な効果があるかは分からないが、少なくとも何人かは抗議活動の処理を行わないといけない筈だ。


 実際俺達は、メイドに出会わずに廊下を進めている。


「お姫さまって憧れるものですか?」


 廊下を進みながら、何となく尋ねた。


「そーねー。やっぱりお姫さまとか貴族って憧れるわ。女の子の夢じゃない?」

「夢じゃないかと聞かれても」

「あ!女の子の格好してたから、つい」

「ひっ」


 ルーリエは悪戯っぽくお尻を触ってくる。

 突然の事にびっくりして声を出してしまったら、ルーリエはクスクスと笑っていた。


「もー、やめて下さいよ!」

「うふふ、ついね」


 慌ててルーリエから離れるが、彼女はすぐに距離を詰めてくる。


「ここは領民の暮らしに差異がないわ。平等と言えば聞こえはいいけど、暮らしている私達は先がない苦しさを感じてしまう。農業をしていようと、医者をしていようと、法律に携わっていようと、風俗に従事していようと。給料は同じ。

 正確には税金で殆ど持っていかれて、社会保障で平等に再分配される形だけど。ねぇ?」

「生きれるなら良い気もするけど」

「みんな平等で、一斉にスタートして、手を繋いでゴールしてって。人間性を否定されているように感じない?」

「それを不満に思うのは、贅沢に感じます」


 個性を認めない暴政と言われればそれまではあるが、つい反論してしまった。

 ルーリエも言葉足らずだったと思ったのか、少し考えてから説明を加える。


「そーねー。子どものように扱われている気がするって事かしら」

「親は子どもの事を人間として見ていない訳じゃないと思いますけど」

「庇護下に入れるっていうのは、一人前の人間として認めていないと言う事よ。親がするならいいけど、見ず知らずの他人にされるのは気持ちが良いものではないわ」

「じゃあ、保障もない方がいいってことですか?」

「生活へのサポートが無ければ、奇想の断崖の活動も正当に見えるのかしら?」

「それは……すいません。失礼な事を言いました」

「気にしないで。人にはそれぞれの地獄があるから、分かり合うのは難しいとは思うわ」


 ルーリエは一つ息を区切ると、当然のことのように言った。


「外から来たあなたは、違う価値観でしょうし」


 見透かされた様な声と吐息。

 ドキリとして、弁明ができなかった。


「俺はそんなに違いますか?」

「ええ。住んでいる世界が違うっていうのかしらね?大方ルドワイエの領民ってとこかしらね。彼女を追ってきたの?」


 正しくはないが否定する訳にもいかなかった。


「自分の事を語らない俺はズルいですか?信用できませんか?」

「あなたの思う通りなんじゃない?自己への評価と頭の良くない人からの評価ってあまり乖離しないものなのよ」

「……」

「自己評価のできない全能感に包まれた子どもなら、話は変わってくるでしょうけどね」

「ルーリエさんは頭のいい人じゃないですか」

「あら、嬉しい事を言ってくれるのね」


 ルーリアは、後ろから俺の肩に両手を掛ける。

 背伸びをしたのか声が後頭部にくすぐったい。


「それとも口減らしに外に捨てられたのかしら?」

「え?」

「他の領土で育ったにしては、この領土のこと知り過ぎだもの」


 ルーリアは随分と俺を疑っているらしい。


 俺が情報を持っているのは、鬱陶しい右目のせいだ。

 説明した方がいいのか、説明しない方がいいのか判断が付かない。


「うふふ、焦っちゃってかわいいのね」

「え?」


 ルーリエは俺の肩を引くと、入れ替わるように俺を壁に押し付けた。

 そのまま懐に入ってくると、キスをするみたいに俺の首に両手を回す。


「なに……急に……」


 心臓が痛いくらい高鳴って声が出ない。

 ルーリエは妖艶に笑うのみで何も口にしなかった。


 大人の女性の匂い、柔らかい体。

 均一になっていく体温に、息の仕方を忘れてしまった。


 俺は何かを言おうとして、


「ダ~メ」


 ルーリエに指で唇を抑えられた。


「こほん!うぉっほん!!」

「!!」


 すぐ近くの扉の奥から、わざとらしい咳払いが聞こえた。

 知らない声。恐らくはメイド隊の誰かだろう。


「逃げましょ~」

「あ、はい……!」


 心臓が飛び出るほど動揺した俺と違って、ルーリエは落ち着いたもの。

 恋人同士が逃げる様に、俺の手を引いて扉から離れ、廊下の角を曲がった。


「み、みつかった!?」

「見つかったようねー。でも勘違いしてくれたらしいわ」


 廊下の角から覗くと、顔を少し赤くしたメイドが扉から出てきた。

 メイドは不機嫌そうに周りを見回す。


「私達が扉の前でキスしようとする気配を察したのね。それで咳払いで追い払った」

「そう言う事ですか……」


 ルーリエは近くの扉の奥にメイドがいる事を察知したのだろう。

 逃げるのは間に合わないと判断して、隠れていちゃつくメイドを演じたと見える。


「うふふ、実際逢瀬を重ねるメイド同士は多いんでしょうね。女の子ばかりなんだもの」

「どうなんでしょうね」

「ちなみにリリィも百合の気があるわよ」

「それはルーリエさんが悪戯してるだけでしょう」

「意地悪ね~」


 会話を続けるが内容が頭に入ってこない。

 メイドに見付かった驚きとルーリエの体温で顔が熱くなってしまった。


 リーリエはなおも俺を揶揄おうとしたが、突如真剣な顔つきになる。


「あれ、捕まってた皆だわ」


 ルーリアに倣って、廊下の角から先程のメイドを覗き見る。


 メイドは鎖を手に持って、扉の奥から複数の人間を引っ張り出していた。


 鎖は人々の手にかけられた手錠に繋がっている。

 捕まえた人間を連行している現場と言えるだろう。


 収監場所を変えるつもりなのか、抗議している人への交渉に使うつもりなのだろうか?

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