15「取り返しのつかない恨炎」

「ぐ……」


 胸が苦しい、頭が痛い。

 体中が焼ける様に重く、意識が朦朧としてる。


 ―――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!


 鬼姫の怨嗟が耳を塞ぎ、心臓を握り潰さんと暴れている。


 ルドワイエ。

 それが女領主の名であり、鬼姫の仇なのだろう。


 弟が殺され、国を滅ぼされ、自らの復讐すら断たれた。


 猛火のような恨みの念。

 死してなお身を焼き続ける呪いの魂。


 彼女が死に際に抱抱いたであろう怒りが、俺の心を震わせる。


「はぁ……ぁ……」


 息が苦しい。脚が動かない。


 けれど冷静になって見れば、苦しみの理由はそれではない。


「ごめん……ブラック……」


 大した顔見知りではないが、彼女の気さくさは俺の気持ちを軽くしてくれるものだった。

 だというのに、俺のせいで彼女は大事に巻き込まれてしまった。


 ライガー様の体に纏わりつく鬼姫の怨念の炎。

 仇のルドワイエを見た瞬間に暴走し、止める間もなく襲い掛かってしまった。


 オンスロートによって防がれはしたが、鬼姫は間違いなくルドワイエを殺そうとしていた。


 シリウスアクティビティを乗っ取ろうとしている、敵対強国の領主を襲撃するという暴挙。

 しかも実行犯である俺は、ここの領主であるライガー様の姿をしている。


 ああ、本当にとんでもない事をしてしまった。


 だと言うのに、俺はブラックの言葉のままに逃げてしまった。

 巻き込まれたブラックはメイドと戦闘する羽目になったが、戦力差から言って無事では済まないだろう。


「戻らないと……」


 口には出してみるが現実感が無い。


 俺の力では戻ったところで戦力にならない。

 なにより戻れと喚き続けるこの怒りは、問答無用でルドワイエを狙うだろう。


 ブラックを助けることなどできず、ただただ無意味な騒動を起こし続けるに違いない。


「く……」


 足がふらついて、地面が揺れているみたいだ。

 家の壁に凭れ、息を整える。


「見付けたわよ!貴方何者なの!?」

「……う、追手?」


 背中から声を掛けられ、慌てて振り返る。

 懐に入れている短刀を、相手に気取られないように握った。


(相手は…女の子1人か……)


 俺に敵意を向けているのは、長い銀髪の少女。

 白い外套の下に、銀色の鎧が見えている。


 パワーF

 スピードF

 耐久力AAA

 魔力S

 魔力障壁AA

 魔力干渉力G

 総合D-


(とんでもない、バカみたいなステータスなんだけど……)


 右目が能力を読み取り、彼女が耐久特化である事が示される。

 耐久面はセフィを超える数値ながら、攻撃や速度が最低レベルだ。


 何人かステータスを見てきたが、Gが戦闘力を持たない一般市民のレベルらしい。

 だからFというのは戦闘を行える人間の中で、最低ランクと言っていい。


 その分防御に優れているのだが、ステータスによる防御には大きな抜け穴があったりする。


「騒動やブラックの独断先行の件、よく分かりませんが説明して貰いますよ!」


 白い少女はロングソードを抜いて構えた。

 ブラックの件と言われても何のことか分からないが、俺に無関係でない事は確からしい。


「いいよ、こっちも気持ちが高ぶってるんだ。手加減できないけど、そっちが先につっ掛かってきたんだから」


 俺は短刀を抜き、右手に持ってだらりと下げる。

 右目がズキリと痛み、お節介に俺が進むべき道を炎で印した。


 炎は少女の近くまで到達しているが、彼女に動きは無い。

 恐らく彼女に炎は見えておらず、俺の視界内にのみ発生しているのだろう。


 炎の道筋は彼女の心臓と首筋に到達している。

 それに従えばきっと白い少女を殺してしまうのだろう。


「……」


 白い少女はロングソードを片手で構え、偉そうに切っ先をこちらに向けている。

 その姿がルドワイエに重なって。


 ああ―――虫唾が走る。

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