11「黒の少女」

 随分と長い間寝ていた気がする。

 目が覚めたら元の人生に戻っているかもと期待もしたが、翌日になっても俺はライガー様のままだった。


 いや真実に別人になっているのならそれでよかった。

 ただライガー様の記憶でライガー様の意思で、俺の介在する余地なく動いてくれていれば楽だった。


 いっそ死んだら元に戻るのかなんて考えても見たが、それで失敗してライガー様がいなくなるだけだと申し訳ない。


 いや違うか。俺はきっと死にたくないんだ。

 何でかとか考えてみたけど、当たり前のこと過ぎて理由は見当たらなかった。


 俺は出来損ないの俺のまま、別人の皮を被って生に縛られ続けている。


 正しく生きよ、なんて昔の人は言ったらしい。

 俺の正しい生き方なんてものは、この世界に存在するのだろうか?


「いただきます」


 泊まった宿屋には食事は付いておらず、宿屋の向かいの食堂で食事を摂る事にする。

 朝には起きられなかったので既に昼に近い時間帯かと思われる。


 この国では昼は皆が食事に出る時間帯ではないのか、それとも食事処が流行っていないからかは分からないが、店の中にはまばらにしか人が見当たらなかった。


「美味しい……」


 俺の目の前には芋を捏ねた餅みたいなものと、芋のスープみたいなものが並んでいる。

 後は漬物的なものの定食だ。


 美味しい訳ではなかったが、懐かしい素朴な味がした。


「ちょっとアンタ、ヤズ芋食べて泣いてんの?」

「え?」


 スープの芋を咀嚼していると、驚いた声を掛けられた。

 自分の頬を触ってみると、確かに涙の筋が出来ていた。


「ヤズ芋好きなの?それともマズかった?」


 黒髪でツインテールの女の子が、物珍しそうに近寄ってきた。

 彼女は食べかけの食事の載ったトレイを手に、俺の席の向かいに座った。


 俺が座っているのが10人掛け位の長テーブルなので、相席が普通なのだろうか。


「ヤズ芋ちょっと弾力があって苦手なのよねー。あ、人の好きなものディスってる訳じゃないわよ」


 女の子は俺が答えなくても勝手に喋っている。

 女の子は気付いていないが、この店の女性店員っぽい人が怒った表情で近付いてきていた。


「ブラック!始めてくるお客さんにネガキャンするんじゃないよ!」

「ひ!ビックリした」


 赤い髪の20代半ばくらいの女性店員は、ブラックと呼ばれた女の子に説教をする。

 聞いている感じではブラックはこの店の常連で、店員と仲がいいっぽかった。


「美味しいですよ」

「あら、ありがとねー」

「うぇー、嘘でしょー」


 感想を述べると女性店員は嬉しそうに笑い、ブラックは嫌そうな顔をした。


「あのねえ!ヤズ芋はこの土地の芋より栄養豊富で味も深いの!ブラックはバカ舌だから分からないだけなんだよ!」

「ひっど!」


 ブラックは怒られて反発しているが、確かに大地から離れた浮島で農作物を作っても栄養価は期待できないだろう。

 良い肥料を使えば改善はするだろうが、強い肥料を使えば将来的に土地が痩せてしまう。


 だからこの浮島は食料生産に向いておらず、食べ物は交易に頼る所が大きい。

 食糧確保のための出費が、国が豊かになれない枷となっている。


「あんたさ、名前は?見ない顔だけど何処から来たの?」

 女性店員に説教されていたブラックは、助けを求める様に俺に質問を投げかけた。


「マコトです。この町には初めて来ました」


 嘘ではないが、真実でもない事実を述べる。

 人懐っこいブラックの笑みに、本物ではない自分がズキリと胸を痛めた。


「そーなんだ、よろしくね、マコト。アンタもセレモニーを見に来たの?」

「まぁ」

「私も見に行く予定だし、一緒に行こーか!」


 曖昧に返事をしていたら、セレモニーなるものに行く事になってしまった。

 人混みに行くのは気が引けたが、ブラックの誘いを断るのも良心が咎めた。


 まあブラックが俺を誘うのは、女性店員の説教から逃げたいのが半分という所だろうが。


「お邪魔しますわ」

「いらっしゃーい!」


「っ!?」


 ご飯を食べ終わって会計をしようとしていると、店に女の子が入ってきた。

 彼女は見覚えのあるメイド服を着ていた。


「はえー、メイド隊じゃない。こんな寂れた店に珍しいねー」


 彼女は一般のメイドっぽかったが、俺は顔を見られない様に顔を伏せた。

 メイドは自身を珍しがるブラックの好奇心が面倒だったのか、こちらに顔も向けず、俺達から一番離れた席に座った。


 メイドは非常に疲れているようで、虚空を見詰めている。

 俺は会計を済ますと、逃げる様に店の外に出た。


「セレモニーの警備の休み時間かな?」

「多く来てるの?」


 後ろから追いかけてきたブラックに尋ねる。

 何となくだが、ブラックはメイド達をあまり良く思ってない風に感じられた。


「来てるでしょうねー。この国の主要戦力だからね」


 ブラックは大きなため息を吐いた。


「美人でしかも殆どがCランク以上の強さで、トップはAランク以上が集まっているとか。女の憧れで、嫉妬の対象よ。そんな華やかな奴らが私達の街に犇めくっていうのは、気分が良くないってね」

「そんなもんかな」


 適当に答えながらブラックについて歩く。

 ブラックは軽快に世間話をしながら、恐らくはセレモニーが行われる場所に向かっているのだろう。


 何となく右目でブラックの能力の確認をする。

 彼女の総合はB-ランク。

 一般のメイドよりも強いが、エルダーや副メイド長達には劣る能力値だった。

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