9「城からの脱出」

 目を覚ましても用意された朝ごはんの匂いや、母親の騒々しい声は聞こえない。

 体がぷかぷかと浮いているようで、まだ夢の中にいるようだ。


「あ……く……」


 体をねじろうとしたら、肺の奥で小さな痛みを感じた。

 同時にバランスを崩し、慌てて体を踏ん張って安定させる。


 夢か現か分からぬまま暗い岩肌を眺めていたが、本当に自分が浮いて流されている事に気が付いた。


「あぶな……つめた……」


 川に流されながら気絶していたことにゾッとする。

 慌てて岸に向かった。


 水は普通よりも浮力が強く、泳ぎ難い。

 うっすらと回復効果がある水らしく、岸に上がっても、体の痛みはそれなりに引いていた。


 どうやらここは洞窟らしい。

 出口が近いのか、下流から仄かな明るさが差し込んでいる。


「腕は動きにくいし、胸は苦しいけど……殺されなかったんだね」


 出口に歩きながら、気を失う直前を思い出す。


 カレンに襲われ、命からがら逃げだした。

 書類を読んでいる時に、暖炉の横の逃げ道を確認していなかったら、今頃俺は彼女に殺されていただろう。


「あれがカレン1人の判断って事は……ないだろうなあ……」


 カレンはエルダーで普通のメイドよりは上の立場だ。

 しかしその上には絶対的な強さを持つ、メイド長と副メイド長が存在する。


 彼女達のいずれか、もしくは総意として、カレンに俺への攻撃を命じたと考えるのが筋だろう。


「マリアか?セフィか?」


 セフィでなければ、まだ救いはある。

 そうであればセフィに助けを求め、俺を狙った奴を見付ければいい。


 ただ俺の殺害をカレンに命じたのがセフィであれば、事は単純にはいかない。

 セフィをどうにかしなければ、俺は生き延びる事は出来ないだろう。


「いや……俺が消えればいいのか……」


 進む先に出口が見えてきた。


 洞窟を隠す滝の脇を通って外に出る。

 太陽の光に目を細めながら見回す。ここは城から離れた森の中らしかった。


「ん?」


 滝の脇の見付けにくい場所に、大きめの箱が置いてあった。

 箱を開けると海外風の服とお金の入った小袋が出てきた。


「これは城を責められた時に、ライガー様が庶民に紛れて逃げるための服的な?」


 それかお忍びで城下町に遊びに行く用だろうか?


 いずれにせよありがたい。

 今着ている高そうな服で街に行けば目立つに違いない。


 ……あと濡れてるし、血塗れだし、破れてるし。


 どんな選択をするにしても、食料の無い状態ではどうしようもない。

 とは言え森で食糧調達なんて、高度な事を行う勇気も知識もない。


 なら街に行って食料を買うしかない訳だ。


 街はライガー様がいなくなって、捜索隊が派遣されて大騒ぎ、なんて可能性もある。

 それでも騒ぎが広がっていない事を信じて……もしくは騒ぎが起きる前に城下町に行くしかない。


 そこで必要なものを買い込み、これからどうするか考えよう。


「地図では確か……こっちだった筈」


 俺は服を着替えると、城下町の方角に急いで歩を進めた。

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