7「鉄球少女」

「では私達は仕事に戻りますので」

「はいはーい」


 一通り話し終えたのか、ココンとリリ、ルルはお辞儀をして部屋から出ていく。

 カレンは笑顔で彼女達を見送り、俺は部屋をうろついていた。


 暖炉に火が入っていない事を横目に見ながら、壁に飾られている2本の大剣を眺める。


「さ、て」

 カレンが笑顔でこちらを振り向くと、何故かその手には巨大な武器が握られていた。


 武器の分類的にはモーニングスターになるのだろうか?

 鉄の棒の先に大きな鉄球が付いている。


 しかし鉄球は直径1メートルを超える規格外。

 人間など容易に押し潰せる殺傷力が読み取れた。


「カレン?」

「どうしたの?マスター」


 震える声で問いかけるが、カレンはこれまでと変わらないにこやかな返答。


 甘美な微笑みは狂気的で扇情的。

 俺は今から殺されるのだと、言葉もなく分からされる。


「そんなの受け入れられないから!」


 四の五の言っていられない。

 俺は壁に走り、飾られた2本の大剣を取る。


 大きな両手剣の重さにふらつきそうになるが、両腕に魔力を通わせる。

 途端に力の補助が働き、左右に構えた剣が軽いものに感じられた。


「へー、戦うん……だ!!」

「っ!?」


 カレンが一気に突っ込んでくる。

 超重量の武器を木の枝の如きに振り回し、俺に叩き付けた。


「重っ!!」


 鉄球と体の間に左手の剣を差し挟んで受け止める。

 しかし剣は耐え切れずに拉げ、俺は衝撃で吹き飛ばされてしまう。


「く……う……」


 床を盛大に転がって方向感覚が無くなる。

 興奮しているからか痛みは感じないが、左腕は感覚が無く、動く気配が無かった。

 両足も震え、大地を踏んでいる感触が失われている。


「もう耐えれそうにないねー」

 カレンは甘ったるく笑いながら、もう一度突っ込んでくる。


 そうだ、このままじゃ耐えられない。

 右目が起動し、カレンの姿をスローモーションで捉える。


 カレンは鉄球を振り上げ、叩き付ける様に振り下ろす。


 それを避けても返す鉄球で体を潰されるだけだと、右目が煩く教えてくる。


「ああ、もう分かってるって!」


 右手の剣に魔力を通わせ、右目が教えてくる軌道で振り上げる。

 剣は加速し切る前の鉄球を弾き、カレンの顔に驚きが生まれる。


「でも?だから何?」

 カレンは不敵に笑い、弾かれた鉄球を横薙ぎに振るう。


 俺は鉄球を弾いた状態で体が泳いでおり、追撃に対応する事が出来ない。


 それはそうだ。


 パワーEの俺がパワーB+の攻撃を防ぐには、全身全霊を込めて叩き付けるしかない。

 その代償として、非常に長い攻撃硬直が訪れる。


 一方でカレンは片手で軽く振るっているだけ。

 弾かれたところで簡単に次の攻撃に移れる。


 カレンから見れば、俺は完全な隙を見せる獲物でしかないだろう。


 ああ、俺は動く事ができやしない。

 ああ、俺は防ぐ力もありはしない。


 ―鬼火


 右目がその魔術の名を明記する。


 ――『』


 名前のリストが表示される。

 その殆どを理解できないが、ある名前だけは明確に認識できた。


 ――叫ぶ、俺を助けてくれる唯一の呪いを。


「来い、『鬼姫』!!」

「うそっ!?」


 俺の眼前に炎が巻き起こり、般若の面を被った女性の形に燃え上がっていく。


 悪夢の中で見た彼女の姿。

 鬼の様に敵を殺して回る悪夢の顕現。


「きゃあああ!!」


 炎で形成された鬼姫が剣を振るい、カレンを吹き飛ばす。

 魔力の壁がカレンを守ったが、それでも衝撃は凄まじいもの。


 カレンは毬の様に吹き飛んでいった。


「だーかーらー!抵抗しても無駄なんだってー」

「速っ!!」


 吹き飛んだカレンは壁を蹴って再び突っ込んでくる。

 今度は鉄球による突きを放つ。


 俺の眼前は鉄球に覆われ、避ける事も反撃する事も出来なかった。


 ドグシャアアアアアン


「っっっっ!!!?」


 肋骨が砕け、肺が割れる。

 満ち満ちた血が喉を焼き、口から零れ落ちていく。


 冗談みたいな重い音が響き、俺の体は吹き飛んでいく。

 暖炉の傍の壁を貫通し、全身の骨が折れたかのような痛みに意識を持っていかれそうになった。


「はい、おーわーりー。まだやる?苦しいだけだよー?」


 カレンは余裕の表情で近寄ってくる。

 俺を殺し切ったつもりなのだろうか。


 しかし、


「あれ?どこ行ったの、マスター?」

 俺を見失ったのか、声に焦りが混じり出す。


 俺は遠のく意識の中。

 確認しておいた暖炉奥の抜け道を、なんとか虫のように這って進んだ。

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