5『邪眼の代償』

『セヴンスアイランド及びヴェルヘルム家直属領並びに連合王国』だか何だかいうのがこの国の名前らしい。

 地上にある大きな土地と空に浮かぶ7つの浮島で形成される国っぽい。

 で、俺の居るのは一番小さな浮島で、お城と城下町くらいしかないらしかった。


 情報が曖昧なのは許して欲しい。

 書類は俺の読めない字で書かれていたのだ。


 一応右目に魔力を通せば、文字が分からないなりに一定の領域までは理解できた。

 文字が翻訳されると言うよりは、直接内容が頭に思い浮かぶ感覚だ。


 恐らくこの右目は『理解できない事を理解できないまま理解する』という邪眼なのだろう。

 自分でも何を言っているのか分からないが、残念ながらそう理解しろと右目が訴えかけていた。


「他に頼るものもないし……痛っ……」


 右目は魔力を込める程に多くの事柄を理解できるようだった。

 しかし魔力を込める程に右目の痛みは増し、視界は焼き爛れていく。


 そんな風に聞くと『右目に魔力を込めれば、世界の全てを理解できそう』なイメージだが、全く持ってそんな便利なものではない。

 基本的には俺の理解の及ぶ範疇でしか、物事を読み解けないらしい。


 中学生でも時間を掛けて調べながらであれば高校生の問題は解くことができるだろう。

 けれどもどれだけ時間を掛けても、大学生の専門分野には手が出せない。


 俺の右目もそんなもので、難しい事を理解したかったら、俺の知識を増やさないといけないっぽかった。


「正体がバレて殺されるまでに、どれだけの時間があるのか……」


 俺は書類から顔をあげ、ぼうっと上を眺めた。

 右目を使い過ぎたからか軽い頭痛がし、右の視界がもやもやと白んでいた。


 右目を瞑り、左目だけで天井を見る。

 視野に入ってくる不快な靄は消えたが、今度は距離感の不在に不安になってしまう。


「たぶん右目を使い過ぎると失明するな」


 何となく呟いてみた真実に、後になって震えてきた。

 恐らくは真実であると、理解できてしまった訳だ。


 文字も読めないし、人の強さも分からない世界に閉じ込められたら、どうやったってやっていける気はしない。


 騙し騙し使っていくしかない。

 右目を瞼の上から押さえ、大きなため息を吐いた。


「こんな事になるなんて……」


 生前の俺は……と言っても死んだ時の記憶はないのだが……それなりに大きな家に生まれた。

 両親に期待されて育ち、勉強や武芸などの習い事に勤しんだ。


 それぞれ俺なりに頑張って、人に誇れる程度の結果は残したつもりだった。


 しかし結局家は優秀な弟が継ぐことになり、俺は存在理由が無くなった。

 そしてまあ、何やかんやあって死んだのだろう。


 何て普通の命の浪費。

 何て惨めな一般大衆。


 それが一国の王子になるなんて何の因果だろうか?

 規模の違いに笑えてくる。


「いや、笑えないって……」


 何度目か数えるのもだるくなる程に溜息を吐く。

 暫くそうして右目を休ませていると、扉の外から甘ったるい声とノックが入ってきた。


「マスター、カレンでーす。ご飯食べよー?」


 かわいいメイドさんからのご飯の誘いに、ついつい佇まいを正してしまった。

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