2「4人のメイド達」
「やばい、どうしよう?」
俺はベッドの中で一人頭を抱えていた。
先程部屋に入ってきた女性は、セフィと言うらしい。
彼女からの仕事の経過報告?を聞いた感じでは、この国の第三王子に使えるメイド長で、近衛兵の長も兼任しているようだった。
戦闘メイドさんだー
なんて呑気に考えたが、冷静に考えると俺はあのメイドに殺されるかもしれない。
「いきなり大国の王子ってなんだ?しかもあの人、俺がライガー様じゃないって感付いてる?」
そう、彼女の仕える第三王子とは、この俺の事である。
いや、正確には『ライガー様』だが。
どうやら俺は本当に転生したらしく、他人の姿で、見知らぬ人生を歩み始めているらしかった。
高貴な身分をゲットして幸せに生きていけるのかと思いきや、甘い考えは許されそうにない。
少なくともセフィは、俺の態度がおかしい事を不審に思っている。
そりゃそうだ。別人だもの。
取り合えず熱があってしんどくて眠くて苦しくて意識が朦朧としている風を装って、彼女には部屋の外に出て貰った。
それでも部屋を出ていく時の冷たい目は、場合によっては俺を殺しかねない殺意が籠ったものだった。
「ヤバい、絶対殺される」
王子が他人に成り代わっていたとすれば、国を揺るがす大事件だ。国盗りレベルの敵対行動ととらえられても仕方ない。
バレれば死刑……というか混乱を呼ばない様に、内内に処分されると思われる。
「ダメだ、逃げないと……」
俺が死んだのは確かだ。腹に刃物が刺さり、体から命が抜けていく絶望を覚えている。
一度失った命ではある。
それでも命を長らえられたのに、こんな所で粗末に捨てる訳にはいかない。
ベッドから降り、セフィが出ていった扉に向かう。
宝石のように装飾されたノブを回し、彫刻のように重苦しい扉を開く。
そして廊下へと逃れ……
「すっご……」
扉を開けて廊下に出ると、設えの眩さに度肝を抜かれた。
壁は見るからに高価な白い石で出来ており、床には赤いフカフカの絨毯が敷かれている。
都会の商店街の道幅位広く、天井も見上げるほどに高い。
どこに向かえば出口に辿り着くのかと考えあぐねていると、軽い調子の声に話しかけられた。
「どっこいくのさぁ?マスター」
「え?」
誰もいない事を確認してから廊下に出たのに、いつの間にか背後にメイドさんが経っていた。
白い肌に黒い髪。長い髪を2つ結びに垂らしている。
病弱な幼さを取り繕うかのような姿とは対照的に、彼女の声は軽薄で大人びて聞こえた。
「その……散歩でもと思って……」
「散歩ぁ?いーねー、私も行こうかなぁ」
彼女は薄い笑いを貼り付けながら、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
セフィに負けず劣らずの美人で、笑顔を湛えながら話し掛けられれば嬉しい筈なのだ。
しかし逃げなければならないと、本能が最大の警告音を出していた。
「じゃ、マスターぁ。死んでみよっか?」
突如、彼女はそんなことを口にした。
「は?」
疑問を差し挟む余地はない。
いつの間にか彼女の手には、自身の身長よりも大きな片刃の大剣が握られている。
刃を振り被るその姿を見れば、次に何をされるのかは明白だ。
「『時限斬』!」
彼女の声と共に剣が紫色に光り、俺へと振るわれる。
――殺される
その直感は間違いない物だ。
紫の軌跡は、迷いなく俺の首を落としに来ている。
――殺される、のは
「嫌だ!!」
「っ!?」
顔を庇い、咄嗟に腕を振り上げた。
その行為は恐らくは意味のない物だっただろう。
巨大な斬撃と体の間に腕を差し込んでも、大した防御になる訳がないのだから。
しかし不思議な事に俺の腕から炎がほとばしり、もやもやとした塊になった。
一瞬しか確認できなかったが、炎塊は剣を振るう女性の姿と成った。
ガァイイイイイイイイン
この世の摂理から外れた音が響いて、俺は風圧で吹き飛ばされる。
慌てて立ち上がると、黒髪2つ結びは、それ以上に追撃をせずに俺を眺めていた。
「鬼姫がねぁ。そうなってくると、聞いてた話と違うなー」
彼女は凶悪な笑みを浮かべて考え込む。
俺としては気が気じゃないが、攻撃を止めてくれるのならありがたい。
「貴様、何をやっておる!『壊れし戦士たちの墓場(ワンマンアーミークロニクル)』!!」
後ろから少し幼いが真の強い声がし、無数の弾丸が飛んできた。
「スレイヤーねー、堅物なんだからぁ。『次元斬』!」
黒髪2つ結びは、剣を上から下に袈裟に振るう。
一太刀しか振るっていない筈なのに、剣の軌道は数千の弾丸全てを通過し、あっさりと叩き落した。
「ご主人様に何をしているのだ!」
黒髪2つ結びが肩に剣を担いで突っ立っていると、銃弾を乱射した人物が俺をかばう様に、目の前に立った。
背の低い彼女は長い黒髪で、褐色の肌、右目に眼帯をしている。
メイド服と軍服の中間の様な黒い服を着ていた。
「何をしているのかと聞いているんだ!」
「何をしているように見えたぁ?」
「貴様!撃ち殺すぞ!」
黒髪2つ結びがからかうと、背の低い彼女は右腕を前に突き出した。
「っ!?」
瞬間背の低い彼女の右腕から何十丁の銃が生え、黒髪2つ結びへと銃弾を吐き出した。
不思議な事に銃はてんで無茶苦茶な方向を向いているに、全弾が黒髪2つ結びの方に飛翔する。
「止めておけ、スレイヤー。掃除が面倒になる」
ギイイイイン
「く……!」
また別の声がし、背の低い彼女……スレイヤーちゃんの放った弾丸の全てが切り落とされた。
黒髪2つ結びの後ろから、短髪で和風なメイド服に身を包んだ女性が現れる。
彼女の手には刀身のない刀が握られていた。
所作を見るに和風メイドの彼女が銃弾を切ったのだろう。
「なぜ止めるのだ!オンスロート」
スレイヤーちゃんはイラついた声を、和風メイド服の女性に叩き付けた。
「お前こそ、どうした?マリアがマスターにじゃれついただけの事ではないか」
「くっ!!しかし不敬ではないか!」
「尊敬などどうでもいい事を、争いの種にするな。大事な時に小競り合いをして、兵力を減らす事は許さん」
「………」
和風メイド服の女性は面倒そうに刀の柄を鞘に納めると、踵を返して歩き出した。
スレイヤーは悔しそうに彼女を睨んでいたが、それ以上口を開こうとはしなかった。
「セフィの話もある。マスターには出かけるのを控えて貰え」
和風メイドは、離れ際の一瞬、視線を寄越した。
彼女の目は大層に冷たく、身を切られる幻痛を覚えた。
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