王子に転生したらメイド達に命を狙われています
月猫ひろ
1「転生したら王子だった件」
ふと目が覚めると、自分が死んだことを自覚した。
どんな人生だったかは覚えていない。
きっと記憶に残らない生だったのだろう。頬に手を当てると、うっすらと涙の筋が出来ていた。
「ここは……?」
死んだのなら、冥途に送られたのだろうか?
自分の歩んだ道であれば、きっと地獄なのだと記憶にない罪が囁く。
しかし自分が寝ているのは、清潔なシーツのふかふかベッドだ。体を起こして見回してみるが、やはりあの世に似つかわしくない。
海外の古いお城みたいな、広くて豪華な部屋。窓からはカーテン越しに、優雅な日差しが差し込んでいる。
そこんな好待遇の地獄があるのかと、ビビりながらベッドから降りる。血が足りていないのか足がふらつき、近くにあったテーブルに手を付いてしまった。
僅かな痛みと共に、大理石の天板が掌を冷やす。
生前と同じ感触に戸惑ってしまう。居心地の悪さを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
「…………? ………っ!?」
視界の中の鏡に気が付き、脳内から言語が消失した。野生の猫じゃないのだから、別に初めて鏡を見た訳じゃない。
鏡に映っていたのが自分じゃない、イケメン青年だったのだ。
「あ?え?」
俺じゃない顔に俺のじゃない部屋。
――ああ、気味が悪い。
こんな奇妙なことが、起きて良いのだろうか?いや俺は死んだのなら、俺が俺じゃないのは、変じゃないのか?
「いや、おかしいでしょ?」
どこがおかしいのか自分に言い訳しようとしたが、全くうまく纏まらない。機能が決定的に欠損しているか、脳が理解を拒んだのだろう。
「なんだこれ?死んだのに生きてて、見知らぬ世界にいるって、流行りの異世界転生ってヤツ?」
混乱したまま後退り、ベッドの淵に腰を下ろした。腹の底で内臓が凍っていく錯覚に襲われるが、だからと言ってどこに逃げればいいのか分からない。
「―――」
意味もなく鏡を眺めていると、扉がノックされる。木製の扉越しに、女の人の綺麗な声が聞こえてきた。
知っている言葉だった気がするが、上手く認識できなかった。
何も答えられないでいると、ゆっくりとドアノブが回っていく。
「あら、起きていたのですか?」
部屋の住人が寝ていると思っていたのか、入ってきた綺麗な女性は驚いた様子。
静かに扉を閉めると、佇まいを整え、丁寧なお辞儀をした。
踊っているみたいに美しい所作で、思わず見惚れてしまう。
「おはようございます、ライガー様。お体の調子はいかがですか?」
長い金髪に整った顔。存在その物が芸術と言える美しい女性だ。
黒と白でロングスカートのメイド服に身を包んだ彼女。俺を見るなり、そんな風に断罪した。
(超絶美人メイドさんだ!!)
なんて呑気だったのだろうとは思うが。
俺は自分自身が『ライガー様』じゃない事を失念してしまっていた。
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