悪役令嬢である私が困っているといつもヒロインが現れて、手を差し伸べてくれます
仲仁へび(旧:離久)
第1話
『私』
魔法学園の更衣室にて。
水浸しになったロッカーを見て、私はため息をついていた。
次の授業までに着替えなくてはいけないのに、これは難しそうだ。
風や炎の魔法が使えたなら、この場でぱぱっと乾かせたけれども、私の得意魔法は水なので逆効果にしかならない。
魔法ができるのか?
その問いにはイエス。
私は魔法学校に通っている一人の生徒だから、それぐらいはできるのだ。
ある程度の事なら魔法で器用にこなせるだろう。
けれどそんな私は、色々と他の生徒に嫌がらせされている状況。
目の前の惨状も、その中の一つだ。
魔法も役に立たないから、結構面倒な状況であった。
モップはどこだったかな。それよりずぶぬれになった品物を乾かすのが先かな。
そんな事を考えていたら、どこからともなく一人の少女がやってきた。
「大丈夫?」
それは、クラスの中で人気の少女だ。
誰にでも優しくて、どんな人にも分け隔てなく接する優等生少女。
彼女は、「片付け手伝うよ」と言ってモップや雑巾を持ってくる。
普通なら「なんて良い子だろう」と思う所だが。
私は知っている。
この嫌がらせの犯人が、目の前の優等生少女であるという事に。
私は、悪役令嬢だ。
よくある乙女ゲームの世界に、転生!
という奴をした。
それで、断罪されて破滅する未来を回避!
という奴をしている最中なのだが、大きな予想外が起きた。
乙女ゲームのシナリオで悪役令嬢という存在はヒロインを虐める側の存在だ。
だから、転生した私はヒロインを虐めないようにしていたのだが、なぜか悪役令嬢が虐められているのだ。
それも、ヒロインである優等生少女に。
一体どういう事だろう。
いろいろと考えた私は思った。
ここは乙女ゲームの世界。
虐めイベントが起きないと、攻略対象に関するいくつかのイベントも起きなくなる。
という事に。
例えば本来なら、このイベントでは虐められたヒロインが保健室に向かって予備の服を借りに行く事になる。
するとそれで、そこで攻略対象である保険医とヒロインとのイベントが起きるという具合だ。
悪役令嬢が虐めなくなったら、そのイベントは必然的に起こらなくなるので、ヒロインが起こしたのではないだろうか。
とりあえず思うのは。
虐めをイベントとして扱わないでほしい。
という事。
あとは。
それに、ポンポン引き起こさないでほしい。
という事も。
似たような事がこれまでにもあったから、面倒なのだ。
けれど私は、好きな相手に必死になってしまう人間の気持ちが分かる。
私にも、恋の相手がいるわけだし。
だから、ある程度はこんな事されても寛容だ。
ちゃんとフォローしてくれるなら、別にいいのだ。
どうせ、本当の嫌がらせなどではなく、ただの演技だろうし。
そんなわけで、遅れて授業に出席した私は、恋の相手に鼻で笑われる事になった。
「で、黙ってやられっぱなしってわけか? はっ」
きつい。
性格がきつい。
一部の生徒から暴言男と呼ばれているだけの事はある。
彼は、顔は良いけど攻略対象ではなかったのよね。
だから、狙ってくるライバルはいなくてホッとしているんだけど、時々私のハートにぐさりと暴言を刺してくるのが痛い。
「悪役なんだろぉ。だったら、ビシッとやり返してこいよ」
「ちょっと、声がうるさい。他の人に聞こえたらどうするのよ」
「分かりゃしねーよ。別の世界なんてもん、頭がおかしくなったと思われるだけだろ」
「それはそうかもしれないけど」
現在私達は、ペアを組んで、動く人形を攻撃している最中。
ファンタジー世界ならではの魔法の授業を行っている。
私が水でっぽうで相手を転ばせ、彼が炎の魔法で燃やしているところだ。
たまに他のペアが接近するものの、いろいろな音にかき消されてしまい、話し声などは聞こえないだろう。
聞こえたとしても、異世界なんて概念はこの世界にないのだから、理解はできないはずだ。
それでも、用心はしたい。
優等生少女の耳に入って、変に警戒されたくはなかった。
私は誰かを貶めたいわけでも、虐めたいわけでもない。
ただ、平凡に生きていけたらそれでいいのだから。
けれど、虐めの内容によってはそういうわけにもいかないのよね。
ヒロイン、本当にいい性格してるわ。
イベント発生装置扱いしてる事、やっぱり後で後悔させてやろうかしら。
私は、学校の掲示板に貼り付けられた新聞を見る。
その紙面には、雑なコラージュで、色々な男とイチャイチャしている私の写真が乗せられていた。
おかげで生徒から、大注目だ。
あちこちで噂になってしまっている。
まったくもって平凡とは全く言えない状況。
「まったく、片付ける人間の身にもなりなさいよね」
文句を言いつつ、貼り紙をはがしていると、向かいから大量の紙屑を持った男が歩いてきた。
額に血管が浮いている。
一目でわかった。
あれは、キレている。
彼は、優等生少女がいるクラスの方へ向かっていこうとしていた。
私は暴言男から暴力男に変身しそうな彼をとめにいかねばならなかった。
「んだよ。なんでやられっぱなしにさせてんだよ。お前、学校中から悪口言われてんだぞ! これ以上我慢できっかよ」
彼を屋上に連れていった私は、私の為に怒ってくれる人に対して申し訳ない気持ちを抱いていた。
しきりに「制裁する」だの「一発殴ってやる」だの言っているが、そんな事私は望まない。
「お前が嫌な奴だったら、俺はこんな事言ったりしねぇよ。何もやってねぇヤツが、なんでこんな目に遭わされなくちゃならねぇんだよ」
そして彼は自分がクラスから浮いている現状について喋ってきた。
「お前は、口が悪い俺にだって話しかけてくる良い奴だろうが。他の奴は必要なこと以外喋りかけてこねーけど、お前は違っただろ」
乱暴口調が基本の彼は、人から誤解されやすい。
だから、クラスの中では孤立していた。
そこに私が話しかけたものだから、恩を感じているのだろう。
でも、それはヒロインもやっていた事だ。
しかしそう言うと、「他人行儀なあいつの行動と一緒にすんなよ。うわべだけの善意なんて受けとれっか」と返された。
「お前はここで待ってろ。俺が、あいつに一発きついの見舞ってくらぁ。そうすりゃ目が覚めんだろ!」
けれど、そこまで言われても私は首を縦には振れない。
だって。
「そうまでする必要はないわ。だって私も前世は彼女と同じだったもの」
「あぁ?」
私は前世で人を虐めていた。
同じクラスにいた女の子を。
私が好きな男の子と仲良くしていたから、それだけの理由で。
そんな私に、ヒロインの行動を止める権利なんてない。
私はその事を、目の前にいる彼に伝えた。
きっと私が悪役令嬢に転生してしまったのは、その出来事があったせいだろう。
それから数日後。
ロッカーをあけた私は、ビリビリに破かれた制服を見て、困っていた。
体育の後だから、体操服を着ているのだが、このまま帰るわけにはいかない。
果たしてどうすればよいのだろうか。
ややあって、出した答えは人の力を借りる。
だった。
保健室にでも借りるしかないか。
そう思っていこうとしたら、ヒロインが声をかけてきた。
「わっ、ひどい。一体誰がこんな事をやったんだろう」
犯人が何か言ってますよ。
ヒロインの優等生少女は、口をおさえながらショックをうけたフリをして、私に声をかけてくる。
「これじゃ、帰れないよね。私が保健室から制服を借りてきてあげるよ」
「そっ、そう。じゃあお願いしていいかしら」
「ええ、任せて」
私は、顔がひきつらないようにするのが精いっぱいだった。
こう堂々とされると、犯人だと分かっている人相手にどういう反応すればいいのか困ってしまう。
その後、私はヒロインが戻ってくるのを待っていたのだが、十分以上待っても現れなかった。
これは、忘れられている?
いや、まさか。
どうだろう。
攻略対象とのイベントが長引いているのだろうか。
何にしてもここでぼうっとしているわけにはいかない。
私は、保健室に向かう事にした。
保健室のドアを開けようとすると、暴言男という称号の割には根の優しい友人が、何か言っているようだった。
「あいつはやり返さねぇからって調子のってんじゃねぇよ」
「やめないか。意味の分からない事を言って、彼女につっかかるな」
応じる声は、保険医だ。
どうやら二人で言い争っているようだ。
言葉を聞くに、その場には優等生少女もいるみたいだ。
ヒロインがオロオロした声音で何か言い始めた。
「どういう事、あの子何か知ってるの? 私のやった事分かってて黙ってたの?」
それにこたえる人物ーー意外に優しい彼の言葉を、私はどうして途中で止めなかったのだろう。
「ああ、たりめーだろ。でもあいつは良い奴だからやり返さねーんだよ。そんくらい分かれよ馬鹿女。ヒロインだとかわけわけんねーもんなら、それくらい理解してろよな」
「それってどういう事!? もしかしてあの子も転生者なの!?」
はっとした私は、頭を抱えてしまう。
今までずっと黙っていたのに。
「そうなんだ。何かがあの子の行動を変えた可能性があると思っていたら。あの子も私と同じだったなんて」
ヒロインは私の事を、転生者だとは疑っていたようだけど、確信するほどの証拠は得られなかったという感じなのだろう。
動揺した優等生少女の声が響く。
「私……」
けれど、彼女が何か言う前に私が扉を開いた。
そして、中で荒ぶっていた暴言男の腕を掴んでその場から去った。
「おいっ、てめー。俺はてめーの為に。おい、こらぁっ。お前っ、このっ離せっ!」
根っこは優しいんだけど、言葉だけを見るとやっぱり暴言男なのよね。
帰り道でどうしてあんなことをしたのか聞いてみると、他の女子から「制服切り裂き事件」の事情を聞いて我慢ならなかったらしい。
ロッカーを開けていた時間は短くて、ヒロインしか見えていないと思っていたけど、どうやら他の生徒にも目撃されてしまったらしい。
それで、着替え終わった生徒が心配して他の人に相談している所、彼に話が伝わってしまったのだろう。
「俺には分かんねぇよ。なんでお前はやり返さねぇんだ」
「だから説明したでしょう? 私には前世でーー」
「そんなの関係ねぇ。お前はこの世界で生きてんだろ。前世でやった悪い事なんて知らねぇよ」
私はそうは思えない。
そうでなかったら悪役になんて転生しないだろう。
だから、この現状を甘んじて受けているのだ。
彼とはこの点では意見が合わないようだった。
でも、だからといって彼の優しさまで、意味がなくなるわけではない。
余計な事をしてくれたとは思うが、私の為に怒ってくれた事は嬉しかった。
だから、これ以上彼が孤立してしまわないようにしたかった。
「もうあんなことはしないで。いいわね」
『ヒロイン』
私はヒロインだ。
乙女ゲームのヒロインに転生した。
恵まれた立場だ。
とても幸運で幸せな立場。
けれど、前世ではひどい境遇だったと思う。
私はとある少年にイジメられていたのだから。
それが辛くて、悲しかった。
だから、この世界では幸せに生きていたかった。
手にできる全ての幸せを、手に入れたかった。
けれど、だからといって私がされて辛かったことを、他の人にやっていいわけがない。
保健室での事を顧みて、改めてそう思う。
前世でやられた事を、何の関係もない別の人にやり返してもいいわけがないのだから。
だから、クラスの中で暴言男と呼ばれている彼に、屋上に呼び出された時は、心に決めていたのだ。
「お前、なんで俺に呼び出されたのか分かってんだろうなぁ」
「ええ、私は酷い事をしたものね。きちんと彼女には謝るわ」
「けっ、拍子抜けだな」
「そうだね。でも、意外かもしれないけど、私だって彼女の気持ちが少しは分かるから」
「だったら、あんな事二度とやるな」
「うん、あなたにもごめんなさい」
「くそっ、調子狂う」
仲直りの約束してから、暴言男と言うよりは騎士様と言った方がしっくりくる彼を見送った。
すると、彼は屋上にいるもう一人の男性の気配に気が付いたらしい。
物陰に視線を寄せて、何か考えるそぶり。
そして、私の顔を見て最後に。
「いつもの薄気味悪い親切顔よりは幾分かマシになったじゃねーか」
そう言って去っていった。
最初からクラスの中で、あの荒々しい男子生徒だけは苦手だった。
だって、彼は前世で私を虐めてきた人と似ていたから。
どうしても心から笑顔を浮かべて接する事ができなかった。
けれど、今は少しだけ本当の表情で接する事が出来たと思う。
私は、物陰に隠れていた保険医に「見守っていてくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えた。
『私』
教室で昼食の弁当を一緒に食べようと約束したのに、彼がいない。
いつも「俺のおかずが欲しけりゃ、まずお前のを寄こせ。二つ寄こせ」と横暴な暴言を吐きながらも、最後には自分も二つくれる彼が。
先日の事があったので、思わず心配になってしまったが、杞憂だったようだ。
彼は、普通の態度で教室に戻って来た。
その後は、いつも通り二人で弁当を食べて午後の授業を受ける事に。
予想に反して、学校生活は驚くほど平和だった。
前世で私が人を虐めるようになったのには、きっかけがある。
言い訳になるかもしれないけれど。
私は、最初から誰かを虐めるような人間ではなかった。
最低な行いをする数年前、学校で仲の良かった男子生徒が、虐めを受けて転校してしまった事があった。
私の記憶にはその出来事が強く残っていたのだろう。
幼かった私は、人に嫌な思いをさせるなら、虐めを行うのが一番だと結論付けてしまったのだ。
それで、嫌っていた女の子に酷い事をしてしまった。
その行為の残酷さは、私が一番よく知っていたはずなのに。
人間は本当に愚かだ。
帰る時間になった時、ヒロインに呼び止められた。
彼女はいつも通り優等生然とした笑顔だったけれど、どこか緊張しているようにみえた。
それで、校舎裏に移動した後、彼女から謝られた時は驚いてしまった。
そして「これからは、もうひどい事はしない」「反省している」と言われた。
罪を償うために、困った事があったら力になるとも言われた。
気が済まないのなら、先生に言いつけてもかまわないと言われたけれど、私はそうはしなかった。
ぬるい対応だと思う。
本当は、もっとしっかりした方がいいに違いない。
けれど、私はもうこりごりだったのだ。
だれかにイジワルしたり、仕返ししたり、されたりするのを見るのは。
終わらせられるなら、終わらせたかった。
話が終わった後は、校舎裏に彼が迎えに来てくれた。
まるで何があったのか分かっているような顔だった。
彼は「帰るぞ」とだけ言って、私の手を引きながら下校の道へと引っ張っていく。
それに私は「ありがとう」とだけ言って、ついていく。
なんとなく今は、楽しい事をしたかった。
うまく言えないけど。
だから、良い天気だったので、水の魔法を使ってシャワーを作ってみたら虹のアーチができた。
私達はその虹の橋の下を目がけるように、二人で進んでいく。
それは、新しいスタート地点からの出発。
そんなような気がしてきた。
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