仁科は多恵の腕をつかんだまま、人質たちの部屋の前で叫んだ。

「手が足りない! イヤフォン付けてる若い女がいるだろう? 出て来い」

 ドア越しの返事は、清掃員の声だ。

「あたしが行ってやるよ!」

「掃除屋か? デブは邪魔だ。お前、危険らしいしな。抵抗できないヤツが欲しい。そこらを片付けるだけだ」

「片付けるのがあたしの仕事だよ! また若い娘にちょっかい出そうって気かい⁉」

「そんなにヒマじゃない。あいつらは、お前にやられたんだ。生き延びられるかどうかも分からない。女を出せ」

「出さなかったら?」

「同じことを言わせるな。警官が死んでいくだけだ」

 わずかに言い合いが漏れてくる。仁科はスライドドアの握りと壁の手摺の支柱を縛っていたロープをほどき、握った銃をドアに向けた。

 サオリのかぼそい声がする。

「今、出ます」

 ドアをスライドさせると、サオリは両手を上げて廊下に出た。

 仁科は替わりに、多恵を病室に押し込んだ。

「お前も危険だからな」そして、サオリに銃を向けて命じる。「ドアを閉めろ。そのロープで、ドアが開かないように縛れ」ドアが閉まると、耳元に囁く。「金森を狩り出す」


          *


 私は、再び病室で一人にされていた。

 多恵は仁科にどこかへ連れて行かれた。犯人たちに、金森の見張りを手伝わされているようだ。

 疲労が、早い。

 点滴に混じる薬品のせいもあるのだろう。頭をはっきりさせておくことが困難になってきた……。

 さっきも、ラジオを聞いている途中でふっと意識が遠のいた。

 何もできない自分に苛立ちが募る。くそ……煙草が吸いたいな……。

 犯人たちが何をやっているのか知りたい。外の情報も得たい。

 だが、起き続けているのは無理だ……。今のところ、ラジオの情報も同じ内容の繰り返しだ。

 少し眠るべきだろう。勝負はおそらく、夜が明けてからだ。

 あと五時間ほどだろうか……。

 決着をつける方法があるかどうか、分からない。だが、準備はしておく。充分に休んで、その時に備えよう。

 怒りの炎を燃やし続けながら……。

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