12

 金森は、身を翻して逃げようとした。男二人の相手をしながらでは、銃がなければ佐伯を殺すのは難しい。体勢を立て直す必要がある。

 だが、金森の前を塞いだ陣内が叫ぶ。

「お前が金森か⁉」

 金森は、医師でさえ自分の生存を知っていることを思い知らされた。

 状況は決定的に変わったのだ。もはや、佐伯を黒幕に仕立て上げて〝死人〟を装える段階は終わった。

 金森の頭で新たな計算が始まる――。

 佐伯の襲撃は諦めて、病院を去るべき時だ。一刻も早く姿を消さなければならない。だが、出入り口が警察に見張られていることは警備室から確認している。その包囲の厳重さは、過去の記憶にないほどだ。報道はされていないが、陸上自衛隊までが包囲網に加わっていることが駐車場の監視カメラから見て取れた。今、外へ出ることは自殺行為だ。

 撤退の方法はただ一つ。侵入と逆の方法を用いるしかない。事態が解決するまで待ち、人質を救出に来る救急隊員にまぎれて立ち去る。それまでは、病院内に身を隠す。幸い、病院の建物は充分に広いし、構造も頭に入っている。だが、そのためには障害を取り除かなければならない。

 第一の障害は、目の前に立ちはだかった医者だ。

 決断から行動まで、一瞬だった。

 金森は救急隊員のズボンの中から折りたたみナイフを取り出した。ポケットの奥に忍ばせたナイフは磁場に奪われてはいなかった。素早く開き、躊躇なく陣内の腹に突き刺す。息を呑んだ陣内の身体を突き飛ばすと、廊下へのドアを開いて死角に消えた。

 佐伯に覆い被さっていた技師が身を起こす。腹を抱えてうずくまる陣内を見て、叫んだ。

「先生! 大丈夫ですか⁉  陣内先生! ああ、出血が!」技師は佐伯から離れ、陣内を抱えるようにして歩き出す。「外へ出ます! 歩けますか⁉」

 陣内は苦しそうに言った。

「MRIを……止めろ……事故になる……」

 確かに、拳銃が激突した衝撃はすさまじい。その衝撃でMRIが壊れ、発火や爆発する危険がないとはいえない。金属が加熱され、拳銃自体が暴発することもあり得る。

 技師はうなずくと操作室に飛び込み、装置の電源を切った。MRI装置に張り付いていた拳銃が落ち、ごとんと音を立てた。

 すぐに戻った技師は、陣内を力任せに引っ張っていく。彼が入って来た救急搬送口までは、五〇メートルほどの距離がある。

 陣内がうめく。

「だめだ……佐伯さんを……」

「馬鹿言ってんじゃない! あんたが死ぬぞ!」

 陣内が歩いた後には、点々と血が滴っていた。

 準備室の奥で倒れていたスタジャンが起き上がる。ぼんやりとしていた意識が、銃声ではっきりしたのだ。切れた後頭部の傷から流れる血が、顔の脇を覆っている。

「ざけんじゃねえよ……誰だよ……」顔を拭う。「俺の血かよ……痛ってえな……くそっ、ぶち殺すぞ……」そして、ポケットからPHSを出す。コールは、いつまでたっても鳴り止まない。「畜生! 何で夏山が出ねえんだよ! 偉そうなことばっかり抜かしがって、グダグダじゃねえか……」

 そして、MRI室の様子を調べに行く。ヘッドコイルをかぶせられた佐伯が、装置の前で寝かされたままになっている。装置の脇に落ちた銃が目に止まった。

「おい……ホントかよ……」銃に手をのばす。「あちっ! なんだよ⁉ なんでチャカが熱いんだよ⁉」

 磁場が熱したためだった。スタジャンは銃を軽く蹴って装置から引き離し、恐る恐る拾い上げた。自販機のホットコーヒー程度の熱さだ。弾倉を開く。まだ五発の銃弾が装填されている。そして銃をズボンの背中に刺して隠した。


          *


 顔面のヘッドコイルを外そうとしている。手際が悪いし、乱暴だ。外れはしたが、やり方が分かっていなかったようだ。身体に巻き付けらたベルトは、むしり取られた。

「ちくしょう! なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ⁉」犯人の独り言だ。「つまらねえ話に乗るんじゃなかった……何とか逃げなきゃ、殺されちまうぜ……」

 医師も技師も、周囲にいないのだ。当然、MRI検査など続けられるはずはない。こんなチンピラに、命を握られた訳だ。

 何もできない。もはや、全てが運任せだ……。

 身体が持ち上げられる。一人でストレッチャーに移そうとしているようだ。

「くっそう! おっさん、重いぞ!」

 お願いだ、落とすなよ!

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