11
多恵は部屋に戻った公子に尋ねた。
「で、何してきたの?」
公子は壁のドアを引いてきっちり閉めると、棚を動かして押さえながら答えた。
「あの洗剤は油汚れ用で、業務用の強力なアルカリ性なの。アルミを入れると、水素の泡がぶくぶく出る。それを部屋の真ん中に置いてきた。そろそろ、部屋中酸素と水素でいっぱいになる頃だと思うよ」
「爆発するの⁉」
公子は多恵の腕を引いて、廊下の方へ移動しながら応える。
「あんたがさせるの」
「はい?」
そして振り返ると、人質たちに言った。
「壁から離れて。毛布をかぶって身体を守ってね」多恵に命じる。「私の言うようにしてね。隣のテレビを付けて。音量を最高に」
多恵は、本当に爆発が起こせるのか半信半疑ながら、iPodを操作した。テレビのスイッチを入れ、音量を上げていく。壁越しに、テレビの音声がわずかに漏れ聞こえる。
廊下から、ドア越しのくぐもった叫び声が伝わる。
『誰だ⁉ 誰かいるのか⁉』
ドアに耳を押し付けていた公子が、多恵にささやく。
「引っかかった! 電気、付けたり消したりできる?」
「はい」
室内で照明が点滅すれば、ドアに填められた小さな曇りガラス越しに、廊下からもそれが見える。VIPルームに誰かがいると考えるのが普通だ。
『誰だ⁉』
かすかに、ドアが開かれる音がした。
公子はにやりと笑って身を屈めた。
「ドアが開いた。ポット、電源入れて」
多恵も座りながら、スイッチを入れた。
が、何も起こらない――。
犯人の声がわずかに漏れてくる。
『誰だ⁉ なんだ、誰もいないのかよ……なんだ、この臭い……』
焦った公子が小声で命じる。
「なんでもいいから、スイッチ入れて!」
多恵が、次々にアイコンを押していく。カーテン、ラジオ、電子レンジ……。
多恵の目に焦りが見え始めた時――
不意に隣で轟音が起こった。壁が大きく揺れて、ヒビが入る。人質たちが首をすくめる。
まさに爆発だった。
身体に叩き付けられる振動、頭がしびれるような大音響――誰も体験したことはなかったが、ニュース映像で見る自爆テロの現場を連想させた。酸素と洗剤だけで起こせる規模だとは、到底信じられない。
全員が身をすくめて動きを止めてから数分後――。
頭に鳴り響く残響が収まって耳が聞こえるようになると、公子は窓際に歩み寄って隠し扉を開けようとした。だが、びくともしない。衝撃で扉の枠が歪んだようだ。
公子がつぶやく。
「向こうがどうなったか分からないけど……こりゃあたし、クビになっちゃうね……」
*
耳の中にこだました銃声の反響が収まって、ようやく周囲の気配が分かるようになって来た。身体を抑えていた重さが消える。
技師の叫び声がした。
「先生! 大丈夫ですか⁉ 陣内先生!」
撃たれたのは陣内だ!
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