廊下は明るい光に包まれている。金森は、監視カメラの死角を縫いながら一階へ移動していた。階段の陰に息を潜めて、MRI室の入り口を見守っていた。

 仁科が土のようなものが入ったバケツを下げてどこかに姿を消したことまでは、警備室のモニターで確認した。理由は分からない。行き先を確かめる時間の余裕もなかった。

 背後から襲うための罠だ、ということも考えられる。金森の警戒心は極限まで研ぎすまされていた。

 だが重要なのは、今は佐伯の護衛が一人だけだということだ。まず、佐伯を排除する。犯人グループへの対策は、その次だ。

 チャンスは広がっている。迷う余地はない。


          *


 手に、何かを押し付けられる感触があった。ペンのようなものか?  

「首は上がりますか?」

 陣内のささやき声だ。私に話しかけている。周囲には犯人たちがいないということだ。

 仁科はここを離れた。今の見張りは、手下が一人のはずだ。そいつは、MRIシステムの立ち上げをしている技師を見張っているのだろう。

「何か、伝えたいことは?」

 ぐっと、首を持ち上げられた。自分の足先までが見える。腹の上に置かれたバインダーに、白い紙が張ってある。

 ありがたい!

 ペンを握った手をバインダーに近づける。文字が書けるのだろうか?

 ペン先から延びる線は、途切れ途切れで震えている。それでも、書けている。文字だ! 文字を書くんだ!

『こ・ろ・し・に・く・る』

「あなたを? 誰が?」

 指先に思い通りに力が入らない。もどかしい。

『か・な・も・り』

「かなもり……人の名前か? どこかで聞いたな……? あ、爆発事故で死んだかもしれないって言う、あなたの部下?」

 歪んだ線が重なっただけの、ひどい文字だ。だが、陣内は読み取ってくれている。

『い・き・て・い・る』

「そうなのか⁉ なぜ、あなたを殺そうと?」

『く・ろ・ま・く』

「黒幕、って……? 犯人たちを操っているのか? まずい! 奴らが来る!」

 陣内は私の頭を下げ、ボールペンを奪って腕を戻す。バインダーも、隠された。

 どこからか、技師のものらしい声が聞こえた。

「あと一〇分ほどで撮像できます」

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