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騒ぎを聞きつけてナースステーションから廊下に飛び出した夏山は、我が目を疑った。大柄なピアスが、白煙を上げる液体の中で顔をかきむしってのたうち回っている。
プールの消毒のような、異様な刺激臭も漂っている。
何をされたのかは分からないが、人質たちが抵抗してきたのは確かだ。
夏山は、後ろから恐る恐る付いて来た高木に命じた。
「ガスだ! 窓を開けろ! シャッターもだ! 換気扇があるなら、回せ! そこら中の消火器をかき集めろ!」
夏山自身は壁に備えられた消火器を取り外し、ピアスに向けて噴射した。ピアスの周囲の液体を押し出すように、消火器の白い粉末を吹き付けていく。そして、ピアスを見下ろして言い捨てる。
「間抜け。もう役に立たねえな。分け前もなしだ」床でのたうつピアスの襟首をつかんで、背後に押し出した。「高木! 看護婦を叩き起こせ! こいつの治療をさせろ!」
ナースステーションに入ろうとしていた高木が応える。
「分かった!」
夏山はさらに、病室のドアに向かって叫んだ。
「ベランダは監視カメラで見張ってるぞ!」爆発寸前の苛立ちを隠そうともしていない。「外に出たり、サツに何か伝えたりしたら、人質が死ぬからな! まだ警官が三人いるんだぞ! カーテンも開けるんじゃねえぞ! 畜生……待ってろよ! こんなドア、すぐにぶち破って後悔させてやるからな!」
*
仁科の声が聞こえた。
「俺は別の場所でやることがある。一時間ぐらいはかかるだろう。先に終わったら上に行ってろ」
部下に命じたようだ。
グループがさらに分散していく。なぜこの場を離れる? 金森の襲撃を予測していないのか? 私を殺そうとしていることを理解していないのか? 医者も技師もいるから、検査中は襲って来ないと読んでいるのか?
確かに、私を殺そうとするなら、他に三人の男を敵に回すことになる。だが、暴力に慣れているのは夏山の部下だけだ。金森はそれで襲撃を諦めるだろうか……?
あるいは仁科には、その危険を冒すに値する重要な用件があるのか……?
仁科が何を企んでいるか分からないが、今の状況だけは陣内に伝えたい。金森が襲ってくるなら、邪魔者は確実に排除しようとするだろう。巻き添えにされる危険が極めて高い。
そっと、首を回しててみる……。
動いた。さっきよりも動ける幅が広がったようだ。視界が振れて、白衣の背中が目に入った。
陣内か?
白衣が振り返った。私の首が動いた気配に気づいたらしい。視線が合う。陣内は、一瞬息を止めて目を丸くした。だが、声は出さない。私の目を見つめながら、ゆっくり片腕を上げて唇に人さし指を当てる。
〝黙っていろ〟のサインだ。
私が回復していることを隠したいのだ。
確かに、仁科たちと戦うにはカードを隠しておいたほうが有利だ。だが、危機は目前に迫っている。差し当たっての敵は、金森だ。
何とか知らせる方法はないのか……。
首を戻して、考え続けた。
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