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人質たちはひと固まりになって病室の中央に集められていた。
多恵とサオリは、身を寄せ合っている。
サオリは、耳にはめたイヤフォンを外そうとしていない。監視から一番離れた場所で、ベッドの上でヒザを抱えて丸くなっている。その姿は、音楽で耳を塞ぐことで監禁の恐怖から逃れようとしているようにしか見えない。
確かに片耳からは、ユーロビートの単調な打ち込みのリズムが漏れている。だがもう一方からは通信器が拾う声が聞こえているのだ。双方向の送受信機が、人質たちの身体検査が終わった後に仁科からこっそり渡されていた。同じものを仁科が持っている。仁科は必要な指示をサオリに送ることができると同時に、いつでも人質たちの会話を聞ける状態になっていた。
サオリが犯人の仲間であることを、人質たちは知らない。
出入り口で見張っているのは、ピアスとGジャンだ。サングラスとマスクを外さないので、人相も表情も分からない。ホスト風のスーツのピアスと、黒いGジャンをだらしなく着たとげとげしい言葉を吐く男。どちらも暴力に慣れているように見える。
人質の恐怖を煽るには充分すぎた。
Gジャンが、退屈そうにつぶやいた。
「なあ、いつまでこんなことしてんだ? ホントに、金になるんだろうな?」
ピアスが叱責する。
「黙れ。余計なことを聞かれるとまずい」
「――って、飼い主様から命令されました、ってか? こんな大事になるって、聞いてねえんだけどな。俺ら、今や凶悪テロリストだぞ」
「政治犯、だ。逃げる方法だって考えてある」
「――って、飼い主様が言いました、だろ? ま、いいや。どうせ毎日退屈しのぎで生きてんだ。こんだけデカイ騒ぎで目立てんなら、それも悪くない。ぶち込まれても箔がつく。だけどよ、今は退屈。我慢の限界だ。そこの女を借りるわ」Gジャンは言葉を切る間もなく、サオリに近づく。「ちょっと付き合えや。トイレが空いてるからな」
サオリがヒザに顔を埋め、身体を固くする。代わって多恵が身を乗り出す。
ピアスが言った。
「止めろ」
Gジャンは唐突に声を荒げた。
「俺に命令するんじゃねえ!」
人質たちが一斉に身をすくめる。
二人は携帯を探す際に、着衣の上から人質の身体中に触れていた。特にGジャンは、若い女たちの身体を舐めまわすように手でまさぐっていた。執拗に触り続けられた女たちは恐怖にすくみ、抗うこともできなかった。
多恵はGジャンを睨みつけた。だが、その声はかすかに震えている。
「これ以上、変なことしないでください!」
「いいね……」Gジャンは多恵の手の手首をつかむ。「気が強い女、そそられるんだよな。征服感が、ハンパねえ」
多恵は身をよじらせて逃れようとする。
ピアスが繰り返す。
「止めろ」
Gジャンが振り返った。
「うるせえ。俺と同じ使いっ走りのくせに、偉そうにすんな」
「その女はダメなんだ。後ろのにしとけ」
Gジャンは、にやりと笑ったようだった。
「話、分かってんじゃねえか。飼い主様には黙ってろよ」
「さっさとすませろよ」
Gジャンはサオリの腕をつかんで強引に引っ張った。
「来いよ!」
サオリが身をよじって逃れようともがく。
「いやだよ!」
人質の中から声が上がった。
「いい加減にしなさい! かわいそうでしょう!」
Gジャンが声の主を睨みつける。
「あ? なんだよ、掃除のババアか。うるせえ、デブ」そして、ピアスに言った。「黙らせとけ。それぐらい、できるよな」
そしてサオリを力づくで多恵から引き離し、トイレに連れ込もうとする。
同時に扉が開いた。戸口に立っていたのは夏山だ。サングラスもマスクも外していた。
「声が聞こえた。何をしている?」
夏山に睨みつけられたGジャンが、一瞬、身をすくめた。
「なに、って……」
夏山はGジャンを無視して、ピアスに言った。
「勝手なことはさせるな」
ピアスが黙ってうなずく。
そして夏山は、ポケットから出したものを素早くGジャンの手首に押し付けた。
Gジャンが悲鳴を上げ、身を引いて壁に張り付く。
サオリは飛び退き、また多恵の陰に隠れた。
「てめえ、犬か。こんな時までサカリやがって。犬ならちゃんと躾けないとな」夏山は手の機械を操作してから、ピアスに渡した。小型のスタンガンだった。Gジャンに言う。「出力は最小だから、この程度ですんだ。今、最大に上げた。次は気絶させる。で、ベランダから落とす」
Gジャンは感電した手首をさすりながら、ガクガクとうなずいた。
夏山はピアスの耳元に囁いた。
「俺たちは二手に分かれる必要がある。予定外の邪魔者もウロウロしている」
「誰だ? 危険なのか?」
「この部屋が襲われることはないだろう」夏山はGジャンを睨んだ。「だが、守りは俺ががっちり固める。ガキに勝手はさせねえ」
*
固いマットのベッドに移された。
ナースが説明していた。
「イエスなら瞬き一回してくださいね。わたしの声、聞こえていますか?」
イエスだ。瞬き一回。
「またMRI検査をしますからね。一階まで降りますよ。MRI室用のストレッチャーに移し替えましたから、移動中はちょっと揺れますよ。心配しないでくださいね。わかりますか?」
ナースが私の目を覗き込む。瞬き一回。
「わたしは行けませんが、陣内先生がご一緒しますからね」そして口調が厳しく変わる。「デリケートな患者さんですから、ストレッチャーを壁にぶつけたりしないでくださいよ」
「ああ、分かってるよ」
投げやりな返事をした男の声に、聞き覚えはない。犯人一味の下っ端ということだ。
普通なら、検査にはナースが同行する。『行けない』というのは、犯人から禁止されているからだ。抵抗されるのを避けようとしているのだろう。
犯人の人数は六人。検査の見張りに割けるのは多くて二人だろう。MRIは二度目だ。検査には、大きくてうるさい機械を扱う技師が必要だった。今回も同じなら、ナースと陣内を合わせて医療関係者が三人になってしまう。一方の仁科は、移動や検査の間、金森の襲撃も警戒しなければならない。警察側が罠を仕掛けてくる可能性もある。
仁科は、〝敵〟はナース一人でも減らしておきたいと考えたのだ。
ラジオからの情報では、この部屋が最上階の西側で、階下はすでに無人だという。技師が必要だから、警察との交渉もあるだろう。血液サンプルの受け渡しがあることも聞こえてきた。おそらく仁科は私に同行し、それに対応する。
だとすれば、このフロアに残るのはナンバー2の夏山だ。
犯人たちが二つに分断される。
この状況、何とか利用できないものか……
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