第73話 学園祭1

「すごいわね……」


 いつもの落ち着いた学園の雰囲気は今はもうない。呼び込みの声も多く、活気に満ちている。


「部だけじゃなくて、個人でも申請さえ出して許可が下りれば店も展示もできるからね」

「そういえば、カ……えっと、薬学の臨時講師さんは何をしているの?」

「ああ、事前申請で外部の人も入れるからさ。科学実験か何かを別棟でやらされていた気がするよ。公開授業みたいな感じかな。行く気はなかったからしっかり聞いていないけど、気になる?」

「いえ、そこは避けましょう」

「はは、可哀想に」


 看板も思い思いにカラフルに描かれ、学生たちも道化のような格好をしたりと浮かれている。

 ヨハンがジェラルドにあげた変な帽子も、今ならマッチしそうだ。


「どこに入りたい?」

「そうねー、部屋全体を使ったパズルゲームなんかも面白そうだけど、やっぱりまずは文芸部かな。リックの出番くらいになったら剣舞部を見に行きたいわね」

「ライラらしいな。それならまずは文芸部に行こうか」


 いつもとは雰囲気の違う校舎を歩き、文芸部と看板に書かれた部屋に入る。壁にはイラストが掲示され、机の上にはたくさんの冊子が置かれていた。

 お薦めの本の紹介が書いてある冊子もあれば、部員が書いた本も置いてある。


 ご自由にここで読んでもいいですよ、というスタイルだ。何人かテーブル席に座って読んでいる。持って行かれないようにか一人店番の人がいて、話しかけられた。


「ご自由に手にとってくださいね。座って読んでいただいても構いません。ゆっくりとお過ごしください」

「ええ、ありがとう」


 メルルの名前を探しながら歩く。


「あ、あったわよ」


 ゲーム内ではメルルは部に入っていなかった。どんな本を書くのかと手にとる。


「絵本なのね」


 メルルらしい色使いで着色されている。

 タイトルは、『わたしたちの めがみさま』だ。


 この世界にも一応、世界の創世記というものがある。女神様が行き先のないこぼれ落ちた魂を哀れに思ってお救いくださった、というような成り立ちだ。

 結婚で誓いを立てる相手も、女神だ。


 本当にいるのかどうかは分からない。


 そんな宗教じみたものを書くタイプには思えなかったけどな……。


『やさしいやさしい めがみさま』

『あっちにいこうか こっちにいこうか ふらふらふわふわのたましいを そっとつつんでくださって』


 そんな感じの文章が続くものの、それよりも……この絵だ。


「この女神様の絵、誰かに似ている気がするのだけど……」

「ライラだな」

「やっぱり?」

「どう見ても、ライラだ」


 私が王妃だったら、私を崇拝させるプロパガンダに見えるわね……。

 でも、そういう意図ではないのだろうな。


「……メルルから告白されている気分。あなたは私の女神様ですよって」

「ライラはほっとくと、すぐに口説かれるからな」

「人聞き悪いわね」

「でも、そうだろう? 女の子だって放っておかない。これ、ライラ様だわってキャーキャー言われそうな感じに、よくできているじゃないか」


 否定はできない。

 最近はタロット占いのせいで、土の曜日の午前中だけ女の子にキャーキャー言われている。


 占いで救われたとか、言い出されかねない雰囲気なのよね……。


「あら、もう一冊あるわね……うわぁ。これは、読まないほうがいいかしら」

「いいんじゃないか? あいつの許可はとったと思うよ」


 こちらもまた、絵本だ。

 タイトルは、『かわりのおうじさまと、なにもないおんなのこ』。


 セオドアとメルルのことよね……これ。

 店番の人がいるから名前は言いにくいけど。


『おうじさまは いいました ぼくは かわりなんだ ほんもののおうじが いなくなったときにだけ やくにたつんだ それだけなんだ』

『そんなこと ないわ わたしのとなりにいてくれるのは あなた わたしにわらってくれるのも あなた』


 いや、これはもう……。


『おんなのこは いいました わたしには なにもない すごいことも できない すてきなものも もっていない』

『そんなことは ない ぼくのとなりにいてくれるのは きみ ぼくにわらってくれるのも きみ』


 そんな文章が続いて、最後にはこう終わる。


『みんな みんな たいせつな たったひとりの だれか』


 こういう自己表現をするタイプだったのね……。

 メルルとセオドアの関係を知っているだけに読んでいて恥ずかしいけれど、素敵な絵本だと思う。


「頭がふわふわしてきた。若々しくて甘い恋愛がしたくなってきたわ」

「酷いな。僕とは渋い恋愛だって?」


 ……しまった。


「大好きな愛しい恋人様と一緒にいるんだったわね。一緒に甘い空気を味わいましょう」

「最近、ライラは僕を空気扱いするよね」

「当たり前のようにいてくれて、いないと生きていけない存在よね」

「まずはそこからと狙ってはいるんだけどね。たまに、グサッとくるんだよな」


 うん……そうね。

 確かに思い出せば最近、空気扱いしていたかもしれない。気を付けないと。


 ……それを狙っていたのか。

 だからいつも委員会のこともそうだけど、私の願いを叶えてくれているのかな。


「あ、もう少し他の本も見ていいかしら」

「いいよ、いくらでも」


 どんな本が他にもあるのかと見ていると、私に占いを頼んだ子の名前も見つけた。


 ここで時間を使いそう……。


「ヨハン、ごめん。読みたい子の名前がちらほらと。他の場所に行きたければやめるけど……」

「いいよ、せっかくの学園祭だ。ライラが行きたい場所に行って見たいものを見ればいいんだ」


 そう言われて、ふと気付く。

 最近ヨハンの希望を叶えたことは、あったっけ……。キスはしたけれど、あれもジェラルドとのダンスの交換条件だった。


 純粋に彼の願いを叶えたことは……なかったかもしれない。

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