第72話 学園祭前

「――ってわけなのよ。リックも隅に置けないわよね!」


 明日からは後期の授業が始まる。

 日の曜日にまだ少しだけ夏休み気分で、ヨハンと東屋でおしゃべりをする。


「まさか、そんなに元気なライラが、こんなにすぐに見られるとはな」

「え、なんで?」

「ジェラルドが戻っただろう。もうしばらく塞ぎ込むかと思った」


 ……夏期休暇も挟んでいたのに。

 花嫁修業を詰め込まれすぎて、一昨日までは疲れがとれていない顔をしていたのかもしれない。


 そうなった原因は、この人のような気がするけど……。


「寂しいけれど、もう何週も経ったしお互い生きているもの。いつかは会えるわよ」

「そうだな。しかし土の曜日、これからきっと忙しくなるだろうな」

「う……一応、一人だけよとは言ったし、内緒だとも言ったのだけど……」

「これは内緒の話なんだと、爆発的に広がるのは目に見えているな」

「うぅ……やっぱりそう思うわよね。やっちゃったわ……」

「まぁ、他の男と話す暇がなくなるのなら、それに越したことはない。僕としては嬉しいよ。君は大変だろうけどね」

「……確かに、機会すらなくなるわね」


 ヨハンは今までよりも落ち着いて見える。……ジェラルドに、私が会わなくなったからかしら。


 落ち着いて、ようやく今まで不安定だったのかもしれないと気付くのよね……。隠すのが上手すぎて、どうしても甘えてしまう。


「そういえば、学園祭はどうする?」

「どうするって、ヨハンと回るとばかり思っていたけど」

「ああ、僕もそのつもりだけど、委員会でライラが何かをしたいのならと思ってね」

「いいえ、何もしない。あなたと回るわ」

「ずいぶん、あっさりだね」

「部に入っている人もいるし、セオドアとメルルの邪魔はしたくないもの」

「……君は、人のことばっかりだな」


 そうかな……。

 確かに、土の曜日のタロット占いも人のことだ。


「僕と二人でいたいからとでも言ってくれれば、嬉しいのに。君の行動理由は、いつだって他人ばかりが絡む」


 責めるような言い方。

 どうしても、サポートに回らなきゃと思ってしまうのよね。


 時間の経過が同じなら、前世の息子の拓海とここにいる皆は、ほぼ同じ年齢。力になりたい、邪魔はしたくない、そんなふうに……つい思う。


「ヨハンと回りたいわよ。それが一番の理由。初めての学園祭、一緒に楽しみましょう」

「ああ、そうしよう」


 ゲーム内の学園祭では、ヨハンとメルルはクイズラリーや宝探しをしていた。ゲームのせいで既に私は答を知っている。そこはあえて避けて楽しみたい。


 * * *


 学園祭は一ヶ月先だ。


 ジェラルドがいなくなっても時は過ぎていく。だんだんと、それが日常になっていく。


 ある時の委員会はこう始まった。


「今日から参加するシーナです。精神年齢は皆さんと同じくらいだと、とある界隈で一定の評価があるので、気楽に絡んでください」


 人見知りは学園での職員経験のお陰もあってか、ほとんどなくなったようだ。

 終始、彼女らしく楽しんでくれる。


 またある時はこう始まった。


「そこにいる姉さんの弟、ローラントです! 二学年下で入学する予定なので、未来の後輩として、可愛がってやってください」


 ローラントもまた、盛り上げ役だ。

 ジェラルドがいなくなってぽっかりと空いた穴を、埋めるような立ち回りをしてくれている。


 土の曜日、午前のタロット占いには翌週シルフィが一人の友人を連れてきて、その翌週はその友人がまた一人の友人を連れてきた。

 その翌週には三人になり、学園祭の前の週には十人近くになり、予約表と予約カードを準備して土の曜日の午前中に十人まで、一人一度きりという決まりをつくった。


 談話室には水の曜日は必ず皆が集まったけれど、それ以外の曜日には、たまにリックが姿を見せなくなった。

 シルフィと仲がよくなっているのかもしれないし、違う理由なのかもしれない。


 私にとってジェラルドがどれだけ大きい存在だったか、失ってみて初めて分かる。


 胸の内まであけすけに話してくれる友人は、他にいない。皆それぞれに自分の時間を持っていて誰かとの関係があって、言わない悩みがある。


 ジェラルドにも……あったのかもしれない。私たち以外の誰かとの関係が。

 でも、それを感じなかった。

 感じないほどに近くにいた。


 私にとっては……前世の、息子との関係に近いと感じていたのかもしれない。

 拓海はなんでも私に相談してくれていた。


『俺ってシャイじゃん? 学芸会で一番台詞が少ないのは女の子の役なんだ。それを選んでもいいかな』

『いいけど……大物ね』


『ミシンの授業でセットの仕方を忘れたんだ。俺と組んだ友達も忘れていてさ、一時間しゃべっていたら授業が終わったよ』

『今すぐに、早急に練習をしましょう』


 今でも、たくさんの拓海との会話を思い出すことができる。

 永久に失ってしまったそんな時間を……、私はジェラルドとの会話で補おうとしていたのかもしれない。


 メルルとは、土の曜日にたまに女子会を開き続けている。


「ジェラルドさんの婚約者さんに、私のことは伝わったんでしょうかね……」

「どうかしらね。悩んでいる様子だったけれど、結論は出なかったわ。なんでも話せる関係になったのなら、言うとは思うのだけど……」


 ジェラルドが国に戻ってからも、メルルは彼の名前を出す。既に気持ちは固まっていて、隣国に行った後のことを考えている節があった。


 だから私も、言ってもいいかなと思うことは言うようにしていた。サポートをしてあげてほしい。そんな気持ちが強くある。


「なんでも話せるご関係では、なかったんでしょうか」

「ええ。だから……もし、あちらへ行くことになったのなら、メルルの方が大変だとは思うのだけど、様子を少しでも見てあげてほしいわね」

「……はい。あの、距離がある人と、あっという間に親しくなれるようなコツみたいなのってありますか? ライラさんのそういうところ、尊敬しているんです」

「そうね……尊敬されるほどの技術はないけれど……面白いところや、抜けているところ、思わぬ魅力なんかを発見するのが近道かもしれないわね。人間らしさを見つけられるほど身近に感じるし、相手を好きになれば相手からも好かれやすいとは思うわ」

「なるほど、勉強になります。私もそういう視点を持って婚約者さんと……あ、まだ分からないですけどね」


 メルルがセオドアと恋人同士になるのは、時間の問題のように感じた。

 ゲーム内ではヨハンもリックも、学園祭イベント後の秘密の花園で告白という流れだった。他のお相手でも間違いなくそれがお約束の展開で……こちらの世界でも、きっとそうだ。


 さすがにそこは、邪魔しないようにしよう。


 こうして日常は過ぎていき、学園祭当日を迎えた。

 

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