第70話 後期開始

 夏休みがもうすぐ終わる。

 後期の授業開始前の科目選びのために、全員が学園に戻ってきた。


 夏休みにはミーナも公爵家に戻ってくれていて、花嫁修業のサポートをしてくれた。私がここへ来ると同時に、またミーナも出発した。


 来年度からは王宮での妃教育も長期休暇にあるって言われたのよね……だからこそ、ガンガン詰め込まれた酷い休暇だった。

 婚約解消が、まるで夢だったかのようだ。

 むしろ結婚が間近に迫っているような気さえする。婚約者ですらないはずなのに、意味が分からない。


 前期の成績は上位十人が学科ごとに掲示されていて、ヨハンは一年生で一位、ジェラルドは三年生で一位だ。


 やっぱり二人共そこを取るのね……。

 いつ勉強をしていたのかしら。


 今日も、のんびり談話室で皆と話している。


「ヨハネス様、一位でしたね! さすがです」

「最高でも最低でも、それが義務だからね。でも、ここの全員名前が載っていたじゃないか。よかったよ、これで心置きなく委員会も続けられる」


 この場にジェラルドがいなくなったことで、常に手をつないでくるヨハンの癖が復活した。最近はジェラルドの前だとやや控えめだったと、改めてまた気付く。

 今まで相当我慢していたのかもしれない。


 来年度からの妃教育の背後には、国王様たちだけでなく絶対にヨハンの意向が絡んでいるだろうけれど……、何も言わずに受け入れよう。


「委員会は、いつから開始にしますか?」

「そうだな。また後期の授業が開始したら、金の曜日から始めるか。あぁそうそう、日の曜日にだけは新しいメンバーが参加する。ここでは言いにくいけれど、ライラとリックがよく知る人だ」

「え、俺とライラさんが? というと、やっぱり……」

「ああ、そうだな」

「新しい人が入るんですね、私も楽しみです」

「あ、君も知っていたはずだ。ライラから前にそう聞いたよ」

「えーっ、私も知っている人ですか。誰だろう」

「といっても隔週の片方がそっちで、片方は違う。どちらも知っているかもしれないけど、ここでは言いにくいんだ。その時まで楽しみにしていてくれ」

「……私だけが知らないということか」

「そうなるな。知り合っても大丈夫な相手だよ」


 片方は間違いないなく、弟のローラントよね……。

 たまに休みの日に申請を出して、私宛の手紙を持って遊びに来る。土の曜日の午後が多かったけれど、その日を委員会の日に合わせるよう伝えたに違いない。

 日の曜日なら、騎士学校も基本的には休みだしね。


 さすがに外部の人間を堂々と委員会に入れるとは、ここでは言いにくいわよね……。もう一人は、シーナかカムラなのかしら。


 委員会は密室だ。学園も、それなら参加してもいいかと思ってくれたのかもしれない。


 というか……なんで私が知らないのよ。

 片方は弟よ、弟。

 ヨハンは私を掌で転がしたがるところがあるわよね。


 悔しいから今日は察していますよという顔でやり過ごして、夜にシーナに聞いてみよう。


 * * *


「はい、私が参加させていただきます」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 一日の終わりに、今までと同じようにシーナと雑談をする。日の曜日のメンバーの片方は、やはりシーナだったようだ。


「カムラは大丈夫? 荒れてない?」

「皆さんの委員会の護衛を始めてからは、落ち着いているように見えますね。学生同士の他愛も無いやり取りの内容を知れたのが、大きいのかもしれません。夏季休暇には王宮にも戻っていましたし、普段通りですよ」


 なるほど。

 やっぱり、どこかに潜んでいたのね。


 貴族同士の会話も学生同様そんなに内容はないけれど、関係性にもあまり変化がない。誰々がこんな事業を始めたようだ、といったわずかな報告で事足りる。


 こっちでは……色々あったからなぁ。

 まぁ、学生ってそんなものよね。


「カムラではなくて、シーナを誘ったのね」

「私が適任だとは思われたらしいですが、一応声はかけられたみたいですよ。委員会の顧問みたいな形をとって参加するか、と。場の空気を壊すといけないのでと辞退されたようです。学生っぽいのは自分より私だと。失礼しちゃいますよね。私のこと、子供っぽいからって言うんですよ?」

「仲を深めているようで、よかったわ」

「そんなんじゃ、ありません!」


 人の恋バナって面白いわよね。

 もう少し聞いてみよう。


「カムラは講義がない時間には何をしているの? 張り付きたくて、うずうずしていない?」

「研究……ですかね。色んな薬品や材料を使って実験とかしています。一応、ここでも成果は出さないといけないらしくて。我慢できずに張り付いちゃうと規約違反になるので、私がお休みの時はそこそこ見張っています。邪魔扱いされますけどね」

「めちゃくちゃ仲よくなっているじゃない」

「違います〜!」


 気になる……。

 でも、あまり突っ込むのはよくないか。

 そろそろ止めておこう。


「それでは、そろそろ行きますね。明日はどうされるのですか?」

「そうねー……」


 メルルとも約束していないし、ジェラルドもいない。そろそろ取り巻いてくれるお嬢さんたちと、話でもしようかしら。


「一人で中庭に佇むわ」

「え、面白い趣味ですね」


 ここの人たち、私を変な趣味持ちにしたがるわよね……。


「きっと、知り合いのお嬢さんが取り巻いてくれるわ。明日は、それを楽しむことにする」

「よく分かりませんが、お楽しみください。それでは失礼します」


 私を最初に変な趣味扱いしたのはヨハンだったけれど、言い回しはカムラっぽいわよね。

 どうしても身近な人たちの口癖って、うつるのよねー……。


 最近、会っていないな。

 シーナが会ってくれているのなら、安心かな。


 明日は土の曜日。

 ジェラルドのいない、土の曜日だ。

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