第69話 見送り
翌日の早朝、私たちは学園の門の手前に集まっていた。
昨日、最後にヨハンが連れていってくれた場所は写真館だった。湿板写真という専用の薬品を使った撮影技法で、最近開発されたらしい。
といっても数十秒は不動でいなければならないし、モノクロだ。
……さすがに、私がこの世界にいる間にデジカメは開発されないわよね……。
今までと違って焼き増しができるので、出来上がったらジェラルドにも送ることにしている。
「皆のお陰で楽しかったよ」
最後は笑顔でと思っているのか、少し寂しい笑みでジェラルドが皆を見つめる。
「寂しくなります。お元気で」
リックは今日も泣きそうになっていて鼻声だ。
「ああ、皆も元気で。ヨハネスには迷惑をかけたよ」
「本当にな。自覚しているのなら、よかった」
「もう少しフォローしてよ」
「できない相談だな」
「日記に、変な帽子を贈りつけられたって書いといたからね!」
「喜んでもらえて何よりだ」
言い合いながらも、二人とも眼差しは柔らかい……のかな。よく分からない。
「私、ジェラルドさんとの時間、本当に楽しかったです」
「うん、セオドアと仲よくね。待ってるから」
……メルルの意思を確認せず、待ってる待ってる言うわね。
やっぱりセオドアのことを一番に考えているのね。最初にヨハンの部屋へ私とセオドアがお似合いだと言いに行ったのも、セオドアのために何かしたかったのだろうし……。
あれもあれで、いい思い出かもしれないわね。
……直接聞いたヨハンにとっては、苦々しい記憶のままかもしれないけれど。
「あ、ライラちゃん。ちゃんと約束覚えてる?」
ん?
何か約束したっけ。
「何も覚えていないけど」
「えー!? 頼むよ。別邸の話だよ、別邸の」
「あー……」
ものすごくヨハンに笑顔で睨まれているんですが……。
この人、笑顔で睨むわよね。私を怖がらせないためかしら。
「皆にも伝えておいてね」
「分かったわよ、約束する」
「じゃ、たくさんお土産もありがとう。元気で!」
「ええ」
そのまま馬車まで真っ直ぐに進むかと思いきや、勢いよく私に抱きついた。
「最後だし……いいよね。大好きだったよ、ライラちゃん」
ジェラルドの柔らかい髪が、頬に触れる。
耳元で、ジェラルドの最後の大好きが――、こだまする。
「ええ、ありがとう」
ポンポンと、背中を軽く叩いた。
遠くに行ってしまう。
あんなに近くにいたのに、もう話すこともできない。
「それじゃ!」
元気よく言って、彼は背中を向けた。
迎えの馬車に乗り込み手を上げる。
――そうして、護衛も乗っているたくさんの馬車が走り去って行くのを、視界から完全に消えてしまうまで見つめ続けた。
「そーれーで、ライラ?」
「ご、ごめん。分かっているわ。さっきの話でしょ」
「別邸って何?」
「老後の話よ、老後の話。皆がいつか歳をとって責任も何もなくなったら、国境付近に別邸を建てて、たまに集まってゲームをしましょうって言ったの」
そう言った瞬間、全員の顔が明るくなった。
「いいですね、それ! 俺も参加していいんですよね?」
「もちろんよ。ジェラルドのお嫁さんも、リックのお嫁さんさんも一緒にって話をしたわ」
「よかったー! 俺、立ち位置的に忘れられるポジションかと思っていましたよ」
……そんなことを考えていたのね。
「私も、老後が楽しみになってきました! 早くおばあちゃんになりたいです」
「それは気が早いわね」
皆、何十年も先の話なのに元気になったわね。やっぱり、必要なのは明るい未来予想図よね。
「それでも、私も楽しみになってきた……」
「卒業後は、ジェラルドとたまにはゲームをしてあげてね。『ブラフ』は持って行ったし」
「そうだな。新しく何かを考えるのも楽しそうだ」
「あら、開発競争ね」
実際には難しそうだ。
学生ほどの暇はなくなる。
「安心したよ。浮気の算段かと思った」
「しないわよ」
「だといいけど。あーあ、やっとライラを抱ける」
一度、正面からぎゅーっと強く抱かれた。
他の皆も、そうなるよねという顔をしながら寮の方向へゆっくりと歩き始めた。
いかんともしがたい空気ね……。王太子って、人前なのを気にしない人種なのかしら。
……人のことは言えないわね。護衛がつくのが当たり前すぎて、誰かがいることに慣れてしまったのかもしれない。
そういえばヨハン、昨日と今日は一度もジェラルドの前で触ってこなかったわね。
ジェラルドに楽しかった思い出だけを残したい。そんな私の思いを汲んでくれたのだろう。
私はどれだけ気をまわされて、どれだけ愛されているのかな……。
いつも通り腰を抱く腕に安心する。
「じゃ、戻ろうか」
一人の大事な友人を見送り、中へと戻る。
もう夏休みだ。
寮にいるのも、帰宅するのも認められている。
メルルは一週間実家に戻り、寮へ帰ってくるらしい。セオドアがいるからだろう。セオドアがなぜ戻らないのかは分からない。帰らなくてもいいように、ジェラルドが話を通したのかもしれない。
リックも実家へ戻る。
ヨハンも公務のために戻るらしい。
私も、ローラントから受け取った手紙には、花嫁修業のために一度戻ってこいと書いてあった。
もう迎えの馬車も手配してある。
少し向こうで待ってくれていた彼らへと追いつく。
「皆とも少しの間会えないけど、元気でね」
こうして、ジェラルドと過ごした半年間は終わりを告げた。
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