第68話 プレゼント交換

 途中まで一緒だったメルルと別れ、一人で雑貨店に入る。

 中にはお客さんが一人だけいて、おそらくヨハンの護衛なんだろうなと思いながら目的の場所まで行くと、それを手に取った。


「なるほど、ライラらしいね」


 隣にヨハンが並んだ。


「もう買ったの? 早いわね」

「いいや。この店を出れば、僕の選んだものを手渡してくれるはずだ」


 そういえばヨハンの護衛だらけだものね……。後で持ってきてと言えば、持ってきてくれるわよね。


「今だけは、学園外デートね」

「ああ、そのために来たんだ」


 悪戯っぽい顔をしながら、笑い合う。


「ねぇ、懐かしいものを見つけたのよ」


 ヨハンの手を引いて、最初にこの店に入った時に見つけたその場所まで連れていく。

 皆で入った時には、曲名の書いてある小さな貼り紙をちらりと見ただけで通りすぎた。


「聞いて、これ」


 小さなピアノの形をしたオルゴール。

 私とヨハンの買ったオルゴールと、同じ曲だ。


「……懐かしいな」

「私、寮に持ってきたの。よく聞いているのよ」

「そうなのか。僕も持ってきて、よく聞いている」


 そうだといいなと思っていた。胸の中が、ぽわぽわと温かくなる。


「もしかして、同じ時間に同じ曲を聞いているのかもしれないわね」

「それは最高に嬉しいな。今日からは毎晩聞くよ」

「……私まで毎晩聞かなきゃいけない気になるわね」

「僕がいない時間の君を操れるのか。それは気分がいいな」

「毎晩、これから葛藤しそうな予感がするわ……」


 このオルゴールの音色を聞くだけで、今までのヨハンを思い出す。

 これから「今頃ヨハンも聞いているのかしら」なんて考えた日には、恥ずかしすぎて身悶えしそうだ。


 彼と学園外に出るのは、なかなか難しい。今日ほどではなくても護衛が相当必要になる。

 わずかだけれど、この一瞬を大事にしたい。

 横を見ると、少ししゃがんでオルゴールを見るヨハンの顔が真横にあった。


 ずっと、我慢をさせているのよね……。


 ジェラルドの想いを知っていて、会うことを了承していたとは思わなかった。

 森でのダンスも……。


 学園に入る前は二人で会うだけだった。ボードゲームをする時も、他の誰かを誘うかどうかは私たちで決めた。

 あの時と違って毎日一緒にはいられるけれど……。


 好きよ、という意味を込めて、真横にあったヨハンの頬にふわっとキスをする。


「――――!」


 驚いた顔で、ヨハンがこちらを見た。

 そんな顔をされると……照れるんだけど。


「あの時を思い出して、つい」

「……君はつくづく、人前が好きだよね」


 …………!?


 言われてみればそうだ。

 最初のお忍びデートでは、町中でシーナとカムラがこちらに向かって歩いてくる最中だった。

 学園でも、食堂で大注目の中。


「雰囲気に流されやすいのかしら……」

「あーあ、その雰囲気はどうやってつくればいいのか、教えてほしいよ」


 きっと……違うわね。

 二人きりでキスなんかしたら、止まらなくなる。


 共生の森でのキスを思い出す。

 止まらなくなって、どうしようもなく好きになって……それが怖い。


 皆を待たせるわけにもいかない。

 店員さんのところへ、自分の分も含めて六人分を持って行く。色は違うけれどお揃いにしたい。

 それぞれ箱に入っているので、袋だけをもらった。


「その一番上のは……ジェラルドの?」

「……ええ。駄目なら、他のにするけど」

「いいよ。聞いただけだ」


 店の外に出るとヨハンが言っていた通り、一般人の姿をした護衛らしき人から袋をいくつも手渡されていた。


 その内の一つが、ものすごくアレだけど。

 何それ……。


 ちょうど通りかかったメルルとも合流し、一緒に集合場所へと向かった。


 * * *


 そのカフェは、館の外観をしているアンティークな雰囲気の店だ。椅子もふかふかで、学園の談話室に近い。


 本当に用意周到な男よね、ヨハンって……。

 

 いつも敵わないなと思わされる。


「皆、揃ったわね。それじゃ、プレゼント交換をしましょう!」


 誰もがお互い何を持ってきたのだろうと、うきうきした顔をしている。


「じゃ、俺からいきますね。なかなか難しくて、ティースプーンで揃えちゃいました」


 そう言って、リックが皆へと手渡してくれる。包んである紙を開けると、先端に可愛いわんちゃんのモチーフがついていた。肉球も柄に彫ってある。

 見るだけで癒やされて、つい笑ってしまう。


「いつも『ファイブアライブ』のゲームの時に使っていた動物のモチーフつきです。犬と猫と狐と狸と熊と兎ですね。自分の分まで買っちゃいました。すみません、ヨハネス様」

「いや、むしろ持っていてほしいよ」

「ありがとうございます!」


 なるほど。考えたわね、リック。

 うん、これを見るたびに『ファイブアライブ』をプレイしていた時を、思い出すかも。


「あ、私もそんな感じで栞で揃えちゃいました。同じく『ファイブアライブ』の動物の柄なんです。考えていたら、それしかないように思えちゃって。私も自分の分まで買っちゃいました。ごめんなさい、ヨハネス様」

「いいや、嬉しいよ」


 うーん……あのモチーフ、皆の命だったしなぁ。もう少し動物を何にするかしっかり考えればよかったかな。

 栞を選ぶところは文芸部っぽいわね。


「それでは、次は私だな。万年筆を買わせてもらった。色は皆のイメージだ。すまないが、私も自分の分を買った」

「はは、いいよいいよ」


 皆が目の前に置かれた箱を開けた。

 メルルがピンク、私は紫、リックは赤ね。ヨハンはゴールドでセオドアは濃紺、ジェラルドは緑なのね。確かにシルバーよりは色が映える。

 色は……漆塗りかな。この世界、考えた人の影響なのか細かい部分では和洋折衷なのよねー。


「それじゃ、次は僕だね。皆をイメージした香水にしたよ。好みじゃなかったら、ジェラルドにとって自分はこんなイメージだったのかと、にやにやするために使っておいて。女の子にはハンカチも追加したよ、三枚ずつね。普段使いしてくれると嬉しいよ」


 なんというか……ジェラルドらしい。なんだかんだ言って、色々考えちゃうタイプだものね。

 ハンカチにはレースと刺繍がついている。私には薔薇の刺繍、メルルのはスイートピーかしら。

 ……うん、渡されなくても、どっちがどっちのハンカチか見ただけで分かるわね。セオドアも、なんとも言えない顔をしているし。


「じゃ、次は僕が出そう。種類はバラバラなんだ。女性にはそれぞれをイメージした扇。リックには、持っていないって言うからオペラグラス。観劇デートには必須だろ? 誰かといつか行きなよ。セオドアには、鑑定に興味があるって言っていたから鑑定用のルーペ。それから、ジェラルドには変な帽子」

「なんでだよ! いや、変だ変だってさっきから思ってたよ? 僕のだったの、ちょっとヨハネス、意味分かんないよー」

「ああ、ジェラルドの意味の分からなさが、絶妙に表現されていると思ってさ」

「何それ!」

「これを見たら、ジェラルドしか思い浮かばなかったんだよ」

「ほんっと、なんでさ」


 やっぱりこれは、ジェラルドのだったのね。

 何かしらね……このデザイン。形容し難いわ。貴族とピカソと祭の融合体みたい。いつの間に見つけたのかしら。


 品物は他のメンバーの物より圧倒的に高価だ。特に扇は高そう。セオドアといつか結婚しそうなメルルのために、貴族の基本アクセサリーを買ったってところかしら。このエリアの店ではなくて、どこかの高級店から持って来させた可能性もあるわね……。

 まぁいいか。ヨハンのお金だし。


 予算は金貨一枚までいかないようにという、ざっくりしたものだ。各自の個性が出る。


「それじゃ、最後は私ね。日記帳よ。表紙は皆のイメージに合ったものにしたわ」

「一つだけ、少し違うね」

「ええ、それはジェラルドのよ。鍵つきの日記帳。ジェラルドには……それかなと思って」

「……そうだね」


 閉じ込められた書庫。

 誰にも相談できなかったという悩み事。

 きっと、同じ日々を思い出している。

 他の皆はきょとんとしているけれど……ヨハンだけは苦々しい顔ね。


 いつかは必ず、笑って思い出せる過去になる。……私が言っていい言葉ではないけど。


「きっと、今しか書けないことがあるわ。時が経てば思い出せなくなることも、たくさんある。心に残ることがあった時だけでもいいから、使ってくれると嬉しいわ」


 そう言うと、少しだけしんみりしてしまった。

 リックが明るくフォローしてくれる。


「さすがライラさんですね。それじゃ、俺は今日のことを書きますよ。セオドアさんの猫からの好かれっぷりは、すごかったですよね」


 確かにすごかった。

 寝ていたり休憩部屋に行っている猫以外のほとんどは、セオドアの側でごろにゃんしていた。

 リックも猫の扱いには慣れていたけれど、その比ではなかったわね……。


 変なオーラが出ているのか、このゲームの設定だったのか、どちらかしら。


「それならジェラルドが引き剥がそうと、猫じゃらしで頑張っていたこともだな」

「セオドアを助けようとしたんだよ、ちゃんとそれも書いといてよ!」

「……リックの日記に、書くことが増えるな……」

「私は昨日のことから書きます~! あ、でもでも、もっと前のこともたくさん書きたいことがあるし、どうしようかなぁ」


 少しずつ終わりの時間が近づいてくる。

 皆分かっていて、言葉が少なくなっていく。

 ヨハンが立ち上がって言った。


「最後に、寄ってほしいところがあるんだ」

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