第34話 ヨハネスとセオドア
寮の前へ移動すると、既に女子生徒たちから遠巻きにキャーキャー言われているヨハンがいた。
金髪碧眼で長身で穏やか。
完璧な王子様だものね。
「待たせたわね」
「いいや、君を待っているというだけで幸せな気分になれる。僕のもとに駆け寄ってくれた君も、見れたしね」
前にも聞いたような台詞を言って、さらっと横から腰を抱いて密着しながら歩き出した。
ほんっと、堂々とイチャイチャするわね……。
でもきっと、さっきの言葉は周りの女子生徒に向けて言っている。
おそらく「ヨハネス様をこんなに待たせるなんて」といった内容でも、言われていたはず。だから今も、こんなにくっついているのだろう。
彼の甘い言動や行動は、女生徒から私への嫉妬を緩和するための防波堤だ。婚約を解消したくせに、と思う女生徒も一定数はいるはず。
もしメルルに恋をしないのなら、入り込む隙がないとほぼ全員に思わせるまで、学園生活の間ずっと続く気がする。
「……身が持たないわ」
「ん? どうした、ライラ」
「恥ずかしいから、もっと離れて」
「せっかく毎日一緒にいられる生活になったのに、何を言うんだ」
「せめて、手つなぎで」
「仕方ないなぁ」
あ、シーナを職員にしてくれたお礼を言わなければ。すっかり忘れていたわ。
「シーナのこと、ありがとう。驚いたわ」
「ああ。驚いてくれたのなら、よかった」
ん?
そこは、喜んでくれたのなら、じゃない?
「書簡だけでは無理でしょう。手続きも大変だったわよね」
「いいや、全く。君への愛を何十枚かに綴って、学園長相手に軽く演説しただけで簡単に折れてくれたよ」
誰かー!
その書簡を燃やしてー!
カムラー!
学園長の記憶と書簡を燃やしてちょうだい!
「そ……そう。私のために申し訳ないわね」
「いや、君のためではないから、気にしなくていい」
「どう考えても私のためでしょう」
「違うよ。君は……あいつの臨時講師入りも当ててしまったし、面白くないじゃないか。驚かせてやりたいと思っただけだ」
さすがにここで、カムラの名前は出せないわよね。
……そうか。私を驚かせたくて、わざわざ私に知らせないようにしていたのか。
誰も教えてくれないはずね。人を振り回さないでと言いたいところだけど、ヨハンのこんな顔は久しぶりに見る。
――最近はこんな表情を、あまり見せてはくれなかった。
「君のためじゃないって言っているのに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「好きだなと思って、その顔」
「どんな顔をしているんだ、僕は」
「すっごく意地悪そうな顔!」
「それは……」
スッとつないでいた手を振り払われ、また腰を抱かれてしまった。
「なんでこうなったのよ」
「意地悪、されたいんだろう? そういう趣味があったのなら、早く言っておいてほしかったな」
「ないから!」
後ろから突然、コホンと咳払いが聞こえた。
振り返ると、隣国の第二王子セオドアがしかめっ面をしていた。
「あら、セオドア様。奇遇ですわね。以前は失礼しましたわ」
「それはもういいと言ったろう。それにしても、お前たちはいったい何をやっているんだ」
「僕とライラの仲を、皆に見せつけているのさ」
ああ……セオドアが、めちゃくちゃげんなりした顔をしている……。
「セオドア様は、どちらに行かれるのです?」
「……その馬鹿丁寧な口調も、様もなくていい。今は学生同士だ。食堂がすいていれば早めの学食をとり、既に混んでいれば談話室で科目選びをしながら、すくのを待つ」
ものすごく丁寧に答えてくれた。
根暗で人嫌いだけど、実は親切。ゲームの共通ルートでもそんな雰囲気だった。
「あら、それなら私たちと一緒ね。談話室で科目選び、一緒にしましょう」
「なんでかな、ライラ。僕と二人でする予定だっただろう?」
「私だって、わざわざお前たちと一緒になんてする気はない」
「でも、決めたもの。断るなら、セオドアをヨハンと一緒に追いかけるわ」
「なんで僕の行動まで……」
「なんでそこまで……」
二人とも、ものすごーくよく似た表情をしている。実は気が合うんじゃない?
「二人とも、友達がいないからよ」
「「…………」」
さすがに、いきなりこれはまずかった?
でも、意図は正確に伝えたい。
「仲よくなっても卒業後、問題ない相手。お互いにそのはずよ。お友達になりましょう」
はーっと、どこまで落ちるんだと思うような深い深いため息をセオドアが吐いた。
ヨハンはセオドアがいる手前我慢しているけれど、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ヨハネス……お前たち、愛し合っているんだよな」
「う……とりあえずライラ、一応僕にもかろうじて友達はいると思うんだけど」
「リックは学科が違うもの。私と同じ授業を選ばなくても、セオドアがいてくれるかもしれないのなら私も安心だわ。ここを歩いているということは同じ創生学科よね?」
「まぁ、そうだが……」
「友達同士でわいわい科目選び、今から楽しみねー!」
ヨハンが遠い目をしながら、セオドアに諦めの境地といった面持ちで言った。
「すまないが、付き合ってくれるか、セオドア」
「はぁ……仕方ないな。おまえ達の関係性が、少しは分かった気がするな」
「どんなふうに見える?」
「そこの女にお前が振り回されている、という構図に見える」
「それは違いないね」
お、内容はともかく、会話が続いているわね。
元から少しは仲がよかったのかもしれないけれど、やっぱり学生らしい思い出も私以外の人ともつくってほしい。
両者とも王子だ。こういう荒療治のような仲介をした方が、早く親しくなれるはず。
「それはそうと、そう言うお前は友人がいるのか」
「――――ぐっ」
「セオドア、そこは聞いちゃ駄目だろう」
「私はお前と違って恋人ではないからな。聞きたいことは聞く」
「ま……まぁ、ヨハンと一緒にいなければ、取り巻きみたいなお嬢さんたちが話しかけてくれると思うわよ……」
少なくとも、ゲーム内ではそんな様子だった。
婚約を解消しているから分からないけれど、これだけヨハンとベタベタしているのだから、そうなる気がする。
「なんだそれは」
「母がお茶会に、よく娘さん連れで友人を呼んでいたのよ。私の将来を見越して仲よくなっておきたいと思っている顔見知りのお嬢さんたちが、きっと自動発生すると思うわ……」
「それは、なんというか……大変だな」
セオドアに同情されてしまった。
ヨハンも微妙な表情をしている。
そうだよね、と思っているのか、予知夢でそれも見たのかと思っているのか……。
誰かと一緒にいる間は、取り巻きは発生しないとは思うけれど。
メルルと私の関係はどうなのだろう。
友達と言っていいのかは、よく分からない。
もしヨハンがメルルを……。
――いえ、今は考えるのをやめましょう。
せっかくの人生二回目の学生生活だ。
楽しまなきゃ損というもの。
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