第35話 皆で科目選び

 そんなこんなで、三人で談話室に来た。

 学園内の地図を見ると、一番くつろげそうな表記だった。こちらも混雑しているかと思ったものの、あまり人はいない。


 談話室は、大きな食堂の二階部分にあたる。

 高そうな感じの机とふかふかのソファがたくさんあり、ご飯を食べた後に二階で話そうかという時にちょうどよさそうだ。


 ただし、職員も同じように利用しているので、騒いだりすればすぐに注意は受けそう。高そうな調度品も置かれ、独特の雰囲気もある。


 うーん……誰にでも開かれていて便利な部屋ではあるはずだけれど、利用する人を選びそうね。貴族としては自宅に帰った気分になる反面、学生気分が損なわれそう。ここ以外にも学生ラウンジはあるし、分散しているのかもしれない。


 適当に座ると、私たちは持ってきた資料を机の上に広げた。

 経済学に科学、天文学に幾何学、論理学に機械に剣術にダンス……まだまだいっぱいあるし、必須科目と選択科目にも分かれている。


「選ぶの大変そうね」

「こういうのはきっと、セオドアが得意だよ。セオドアが決めた時間割を参考にして、僕たちらしいカリキュラムにしていこう」

「しれっと私を使おうとするな、ヨハネス」


 ああ、そういえば以前に父が、国王様は人使いが荒かったと言っていた。こういうことなのね……初日に分かってしまったわ。


 でも、目の前で必死に考えているセオドアを見ると、任せようかなって気になってくるわね。


 ……うん、任せよう。

 セオドアが選んだのを見て、それにするか他のにするか考える方式にしよう。


 私が背もたれに体を預けたのを見て、セオドアが嘆息した。こいつもか、と思われているのは間違いない。


 扉が開いた音がしてそちらを見ると、リックがそろりと中へ入ってきた。キョロキョロ見回したかと思うと私たちに一礼して、きびすを返した。


 ――って、なんで!


 慌てて立ち上がると閉まった扉まで走り、扉を開けるなり階段を降りるリックを呼び止めた。


「待って待って、リック。なんで戻るのよ」

「あー……、なんか俺、場違いかなって。後ろ姿で上っていくのを遠目から見かけたので追いかけてはみたんですが、あの雰囲気はちょっと……」

「気にしなくていいから。いいからおいで」

「いやー、でも……」

「そうじゃないと、セオドアが可哀想じゃない。私たちに挟まれて」

「え、誰なのか分かんないんですけど」

「いいから、来て来て」


 そう言って、無理やり談話室に連れ帰った。

 ヨハンとセオドアが、また君は……という顔をしている。そうよね、セオドアに対しては前科があるものね。


「セオドア、彼はリック。騎士学校首席卒業者で私たちの幼なじみよ」

「ほう……」

「誰かを利用しようとは微塵も考えない、天真爛漫タイプだから安心して」

「そ、そんなふうに見ていたんですか、ライラ様」

「様はここではいらないわよ。それから、彼はセオドア。身分は……言っていいの?」

「ああ、構わない。微塵も考えないのだろう?」

「ええ、彼は隣国フィデス王国の第二王子、セオドアよ。つっけんどんな話し方をするけど、親切で律儀な性格だから、仲よくなれると思うわ」


 リックが、緊張からか息を呑んだ。

 

「お前は、私の何を知っているんだ……」

「失礼をした私に、わざわざお礼を言いに来る性格だってことくらいかしら」

「…………」


 微妙な沈黙の中、ヨハンがくすくすと笑っている。

 少し言い負かしぎみだったかしら。まぁ……学生だし、いいでしょう。


「リ……リック・オスティンです。平民出身なので、失礼なことを知らずにしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」

「そうか、平民出身でこいつらと幼なじみ……面白い経歴を持っているな。私はセオドア・オーウェンス。様はつけなくていいし、丁寧にしゃべろうとしなくてもいい。この女に言わせれば、私は友達がいないらしい。よろしく頼む」

「え、ライラ様、そんなこと言ったんですか……」

「ちょっと、会話の一部だけを切り取らないでちょうだい。それから、様はいらないってば」


 ヨハンのくすくす笑いが大きくなった。

 ……これ以上大きくなると、必要以上に注目されるわよ。


「そ、それで、今からライラさんたちも考えるところなんですね。これ……見ただけで、気が遠くなりますよね」

「ああ。だから、こいつらは私の作った時間割を下地に考えるそうだ」

「ええー……」

「私の他に真剣に考えてくれそうなのが増えて、正直ほっとした」


 ……少しは考え込んでいるフリでもしようかな。それに、完全に真似しようってわけではないわよ!


 そうして私たちは、これにしようかあれにしようかと一緒に考えながら、なんとか昼過ぎまでに完成させることができた。


「お腹すいたわね」

「私は食べてからのつもりだったんだが」

「労働の後のご飯は美味しいから、よかったわよね」

「その通りだよ、ライラ。君のお陰で美味しいご飯が食べられる」

「もうへとへとですよ、俺〜」


 談話室を下りて食堂を見渡すと、まだ人は多い。四人座れる場所はなさそうだ。

 二人ずつなら座れそう。


「これは二手に分かれるしかないな。さぁ、ライラ、あそこが空いている。行こうか」


 嬉しそうに言わないでよ、ヨハン。

 ん?

 あれは?

 知った顔を見て、つい私は叫んでしまった。


「メルルー!」


 少しだけ私へと、周囲の注目が走る。


 ――まずいわね。完全に前世で大学生だった時のノリになっちゃっているわ、私。護衛のいない学園という環境のせいで、綾香だった頃の感覚に戻ってしまっている気がする……。


 もしかしたら、公爵令嬢らしくあることは私にとってもストレスだったのかもしれない。解放感から、何をしてしまうか分からない危うさを自分に感じるわね。


 入口付近で食堂を見回していたメルルが、小走りでこちらに来た。


「うわぁ、皆さんお揃いなんですね。ヨハネス様、入学式の挨拶さすがでした」


 やっぱりメルルが微笑むだけで空気が変わるわね。明るくて華やかになる。そこにいるだけで場を和ませてくれる、ヒロインの空気だ。


「挨拶は、嫌というほど慣れているからね」


 逆に、ヨハンの愛想は他の人に対するより悪くなるわね。

 ……私を意識しているのだろうけど。


「メルル、科目選びは終わった? 今から食事?」

「それが、部屋で考えていたんですが煮詰まっちゃって。気分転換に食堂に来たところです」

「そう、それなら……」


 リックに相談したら。

 セオドアに相談したら。

 科目を合わせたら。


 提案はしたい。

 同じ授業をとった方が、仲は深まるはず。

 でも……どちらが好みなのか分からない。


「ちょっと、そこの三人」

「……なんだい、ライラ」


 なんで三人とも、そんなに諦めてますって表情なのよ。


「今からそこの柱の後ろで、女の子だけの秘密の会話をしてくるわ。すぐ終わるから待っていて」


 言うだけ言って、メルルの手を引いて柱の後ろまで行く。


「え? え? ライラさん?」


 なんで顔を赤くしているのよ。

 顔を近くしたから?

 別に襲ったりしないわよ。

 でも、照れている顔も可愛いらしい。


「リックとセオドア、どっちと仲よくなりたい?」


 耳の側で、小さく囁く。


「ふえぇ!?」


 かぁーっと顔が、もっと赤らんでいく。

 ……まるで、私が口説いたみたいじゃない。


「私たちは談話室で終わらせてきたの。セオドアは創生学科でリックは戦術学科だけど、相談がてら教養科目なら合わせられるわよ?」


 彼女は上目遣いでうるうるした目を私に向け、視線を外してからまた私を見て、勇気を出したかのように私の耳に口を近づけた。


「セオドアさんが、気になります」


 セオドアかー!

 リック、強く生きていってね……。


「了解。メルルも同じ学科?」

「は、はい。そうです」

「よっし、一緒に戻ろう?」

「はい!」


 何をしても可愛いすぎるな、この子。

 それに、かつてのゲームで何度も繰り返し見た顔だ。こんな表情をするんだ、とずっと観察していたくなる。


「戻ったわ」

「女の子だけの秘密の会話はできたかい、ライラ」

「メルルの顔が赤いな。どんな会話をすれば、そうなるんだ」


 お!

 セオドア、もうメルルって呼んでいるのね。私相手みたいに、そこの女とか言わないくらいには靴屋さんで仲よくなったってことかな。出来上がりの靴も取りに行っただろうし。

 私たちは、ヨハンが特に忙しくて使用人に取りに行かせてしまったけれど。

 メルル……、さすがね。


「セオドア、同じ学科なんだしメルルの科目選びの相談にのってあげて。お昼もまだみたいだし、一緒に食べるといいわ」

「……私でいいのか」

「あ、えっと、よろしくお願いします」


 ドキドキしている気持ちが伝わってくる。震える声に、守ってあげたくなる。


「分かった。この二人よりは適任だろうな」

「……感謝はしているわ。仲よくね」


 そうして、彼らが注文場所へ行くのを見送った。


「それじゃ、俺も友達と食べてきます。そこかしこに騎士学校で同じだった仲間の顔が見えるんで、どこかに合流しますよ」

「……ごめんね、リック。あなたは友達たくさんいるもんね。強い心を持って生きていって。他にも素敵な女の子はたくさんいるから」


 メルルとの楽しい学園生活を送る可能性を、私の手でなくしてしまったようで申し訳ない。でもリックなら、好きになってくれる女の子はたくさんいるはず。


「あの……俺、メルルさんに会ったの、朝が初めてなんですけど」

「あー、それもそっか」


 傷はまだ浅い。

 というか、傷にすらならない内でよかったかもしれない。


「では、ヨハネス様もまた」

「ああ。様はここでは、いらないんだけどな」

「へへ、その癖はとれません!」


 リックが他の男子生徒のところへ行き、談笑してから荷物を置いて注文場所へ移動するのを見送りながら、ヨハンがポツリと言った。


「僕と彼女をどうこうするつもりがなくなったようで、何よりだ。僕の想いは、少しずつ君に届いているらしいね」


 ――頭にバシャリと、冷水をかぶせられたような気がした。


 突然現実感がなくなって、足元が崩れていくような……。


 考えもしなかった。

 メルルとセオドアの仲を取り持てば、ヨハンにはチャンスがなくなってしまう。

 どうしてさっき思い付かなかったのだろう。


 ……まだ、挽回は可能なのかな。

 メルルはセオドアを気になると言っただけだ。まだ好きにはなっていないはず。


 大丈夫、きっとまだ大丈夫だ。まだ共通イベントが、セオドアとしか起きていないからだ。

 だから気になっただけ……。


 朝からずっとヨハンにくっつかれて、自分の所有物のような気になっていたのかもしれない。メルルの靴屋さんでもベタベタしていて、もう無理かなと思っていたから……。

 だからきっと、思い付かなかった。


 学生独特の空気に浮かれて、自分の行動も言動も迷走している。

 自覚はしても……、もう真っ直ぐには進めない気がした。

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