第33話 シーナとの再会

 校舎から少し離れたところに、寮は建てられている。


 この学園には、神学・医学・法学・戦術学といった様々な学科があり、三年生にもなれば専門分野に特化する。


 とはいえ、総合的に学習する創生学科の生徒が圧倒的に多い。

 教養を身につけることが目的の貴族は必ずここに入るし、人数は少ないものの演劇や吹奏楽などの専門分野で既に実績を残している推薦組もここに入り、部の活動に注力する。専門分野に特化して学びたくなれば他の学科にも編入ができる。

 学費は必要だけれど、四年終了後に他の学科の後半二年分を学ぶこともできて融通がきくのが、この学科だ。

 私たちも、王族の慣習通り創生学科を選んだ。


 私やヨハンの寮は、専門分野を学ぶ棟からは最も離れている。要は、学科によって寮が分けられている。

 もちろん、男子寮と女子寮は近いとはいえ離れているので、ヨハンとも当然離れる。


「じ、じ、じ、自由だー!」


 自分の部屋の鍵を開け部屋を見回した後に、くるくると無駄に部屋の中で回り、ベッドに倒れこんだ。


 入学式も終わった。


 学園長のありがたーい言葉を聞いて。

 在校生の挨拶の言葉を聞いて。

 首席合格のヨハンのやたら美しい挨拶を聞いて。

 今日はもうお開きよということで、寮に初めて足を踏み入れた。


「はー……、完全に一人の時間、癒されるー……」


 これから各部屋に、寮での生活の説明を職員さんがしに来てくれるそうだ。


 職員が多いからできることよね……。


 生徒はほぼ貴族なので、おそらく各エリアの担当が、顔を覚えるためだ。

 安全確保や居場所の把握、気を遣うことも多いはず。


 でも、ノックの音がするまでは、完全に自由だ。

 誰にも護衛されずに、こんなに明るい陽射しが部屋に差し込むのを感じながら、一人の時間を楽しむことができるなんて。


 らんららんららーん!


 年甲斐もない?

 いやいや、まだ十六歳!

 オッケーオッケー!

 セーフセーフ!


 ――コンコン。


 一人の時間を楽しんでいたら、もうノックの音が聞こえてしまった。

 でも、説明を聞いたら、また自由だ!


「はい」


 ベッドから立ち上がり急いで扉まで行くと、返事をしながら扉を開けた。


「失礼いたします。寮の説明に参りました、創成学科女子寮一号棟三階の皆様を担当させていただく、シーナと申します。今、よろしいですか?」

「え、な……」


 彼女は指を一本口の前で立てると、にっこりと笑って、小さな声でこう言った。


「お久しぶりです、ライラ様」


 叫びたくなるのを堪え、彼女を部屋の中に招き入れる。


「まさか、こうくるとは思わなかったわ、シーナ。ものすごく嬉しいけど、びっくりよ」


 そう言って、シーナに抱きついた。

 最後の挨拶ができなくて心残りだったから、嬉しさ倍増だ。


「私も感激です。それに、驚いた顔のライラ様も見られて、嬉しいです」

「でも、どうやって入ったのよ。どの貴族も護衛を連れてきたら人数倍増じゃない。普通は許されないでしょう? ヨハンの婚約者特権も、もう使えないし。メルルの靴屋さんでの手配みたいに、学園長にごり押しできるほどの知り合いでも……あ、もしかして?」

「はい、そのもしかして、です」


 やはり、ヨハンか。

 ヨハンなのか。


「自分の妻になるのは彼女しか考えられないと、ヨハネス様からのごり押しがありまして」

「……やっぱり」

「せめて眠っている間の護衛は、信頼できる者に頼みたい、と。ここの真向かいの部屋が職員部屋で、物音に気を付けながら、職員も休みますからね」


 なるほど。

 やっぱり、わずかな物音で起きられる職員さんが、揃っているのね。


「ただ……私たちがこの学園の門の前で泣いていたのが、大きかったですね」

「……え」

「ヨハネス様の耳にも、学園長様の耳にも入っておりまして、つつがなくお手続きがされたと聞いております。なんといっても、ヨハネス様の現恋人で未来の最有力王太子妃様候補、ですからね。このサプライズも、ヨハネス様の提案です」

「……うぐ」


 なんてことだ……。

 そんなことまで知られていたとは、恥ずかしすぎる。


「お礼がわりに、卒業後には新たな研究分野創設か何かの理由でもつけて、国費を多めに出したりといったことは必要になるかもしれませんが」

「そうよね……あるわよね、そういうの」

「でも、そこはそれです! ライラ様に会えて嬉しいです」

「そうね。後のことは考えず、そこを喜んでおきましょう」


 ヨハンにも、お礼を言わないと。

 学園の門の前で泣いていたことには、触れられませんように。


「はい。ただ、職員として採用なので、ライラ様を特別扱いはできなくて……」

「それは当然よ。こういった会話も、二人の時だけってことね」

「はい。そこは、申し訳ないです。ライラ様のメイドなのに」

「いいのよ。学園にいてくれるだけで、心強いわ」

「ありがとうございます! それでは、寮の説明に入りますね」

「ええ、よろしく」


 シーナにも、職員としての仕事がある。寮でのルールを手早く教えてもらった。


 食事は予約表に書いておけば部屋へ配膳されること。その時に部屋にいなければ、職員に後で声をかけること。

 食事用のワゴン専用の手動エレベーターは、危険なので乗らないこと。

 授業が行われている時間に、たまに職員が清掃のため部屋に入ること。


 門限の少し前に鐘が鳴り、夜にはノックによる点呼があること。

 門限を大きく越えると閉め出されるので、注意すること。

 閉め出されたら施錠されるので、扉の横のベルを鳴らして職員を呼べば入れるものの、お叱りを受けて反省文を書かされること。


 たくさんありすぎて、頭が痛くなってきた……。


「それから、部屋の扉にはポストがついていて、部屋の中から取り出せるので、注意しておいてください。ヨハネス様に頼まれて、お手紙を入れておくことも、あるかもしれません。私が直接お渡しすることが多いとは思いますが」


 文通!?


「……直接言えば、いいじゃない」

「はい、早速のお手紙です」

「え」


 手渡された小さな紙には、こう書いてあった。


『寮の説明が終わったら、一緒に科目決めをしよう。寮の前で待っていて』


 えー、もう少し休もうと思ったのに。


 入学式は、ヨハンには挨拶の仕事があったので、並ぶ場所が少し違っていた。終わった後も学園長と話し込んでいたので、待たずに女子寮まで来てしまった。

 だから手紙を寄越したのだろうけど……口頭でよくない?


 なんで手紙?

 いつ、どうやって、シーナに?


「伝えておいてって、シーナに会ったのなら言葉だけでよかったんじゃない?」

「いえ、私も仕事がありますから。カムラも介しています」

「ヨハンがカムラに渡して、カムラがシーナにって?」

「そうですね。カムラなら、講義の時間以外自由ですし、どこでも入り込めますから。寮に先回りしておいて、手紙を受け取ったのだと思います。ここに来る直前に、突然現れて渡されましたし……今すぐこの部屋に、誰にも気づかれずに入ることもできると思いますよ。外からの守りはこの学園鉄壁ですけど、内部ならなんとか」


 こわ!!!

 技術が相当、暗殺者寄りよね。

 そっちの畑で育ったんだろうなぁ……。


「マナー違反ですから、できてもライラ様にはしないでしょうし、大丈夫です。それから、学園内での昼間の護衛は禁じられていて、許されるのは伝達や何かの受け渡し程度です。あからさまな特別扱いは、ここではまずいということです。今までのように、どこかに潜んでいるということは、基本的にありません。手紙という形で何かを伝えたい時は、私を挟みます」

「そう。そのたびに、シーナとカムラが接触するってことね」

「……にやにや、しないでください」


 ヨハン、色々と気付いていて、わざと手紙を託している気がしてきたわね。私を気に入っているカムラを、シーナといい仲にしようとしていない?


 それにしても……シーナを学園に入れたり、こんな手紙を寄越したり。

 どうせメルルに対して、真実の愛が芽生えちゃうんでしょと思っていたけれど……。


 手紙を改めて見る。

 一番上には、『愛しいライラへ』。

 一番下には、『あなたの虜 ヨハネス・ブラハム』


「もしかして私……、ヨハンに溺愛されてない?」

「……今頃気付いたんですか、ライラ様。さすがにヨハネス様が可哀想です。これ以上ないほど、ヨハネス様に今、同情しました」


 そ、そんなドン引きしましたって顔、しないで……。

 それに、メルルとの共通イベント次第よ、やっぱり。セオドアだって、出会いイベントであんなに心惹かれていたし!


 ……共通イベント、もう起こらないかもしれないけど。

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