第8話 弟、ローラント
なんか、人口密度が高いな……。
お見送りのために屋敷の門まで来たけれど、相手方は、ヨハネスだけではなく待機室にいた護衛の人たち、クラレッドにカムラ、そして馬車と、ものすごい数だ。
こちらも両親に私、それから弟のローラント、ミーナも含めて使用人が複数人と決して少なくはない。
九歳のライラとしてはいつものことで違和感もなかったこの光景が、今は異様に見える。
父が、挨拶のために一歩前に出た。
「ヨハネス様、本日もお越しいただき、ありがとうございました。見目も麗しく才気あふれるヨハネス様のことを、お父上も将来が楽しみだとよく自慢されていますよ」
「いえ、父からもヴィルヘルム公爵のことは大変頼りしていると聞きます。本日も、彼女との貴重な時間を設けていただき、感謝しかありません」
父が、おやという顔をして、こちらをちらりと一瞬見て視線を戻した。
いつもより、感情のこもっている言葉に聞こえたのかもしれない。
「そう言っていただけると、親としても嬉しいですな」
「はい。また次も、お会いできることを楽しみにしています」
当たり障りない挨拶を交わした後、ヨハネスは突然私の方をくるりと見て、軽やかに目の前に移動すると、両手を握られた。
「ふぇ……っ!? ヨ、ヨハネス様?」
「楽しみにしているからね」
「――――っ」
耳元に口を寄せて、もう一つ囁かれる。
「例のカード、次は全部持ってきてよ」
そう言ってふわりと体を離すと、にこやかに馬車へと乗り込んだ。
あっけにとられる私たちをよそに、クラレッドが「それでは、失礼いたします」と言って、全員が馬車へと乗り込み、立ち去っていった。
タロットカードに、興味を持たれてしまったわね……。その可能性も考えて『恋人』以外のカードも手配中だけど、困ったな。
今日ああやって言われたら、色の微修正をお願いしているなど、適当に誤魔化そうとは思っていた。
「ライラちゃーん! いつの間にヨハネス様にあんなに好かれたの?」
母のはしゃぎようも、やばい。
「え、ええと……」
隣にいる、弟のローラントの目も、なんかおかしい。
「姉さん! ずるいよ、何があったのさ。倒れた時だって、目を覚ました時だって、皆して僕に報告するの忘れてたんだよ!? さっきなんて、ヨハネス様にしつこく姉さんのことを質問されるし。僕だけいつも、何も知らされてないよ!」
烈火のごとく、二歳下のローラントに怒られる。
いつも帰宅の準備をするついでに、ヨハネスは弟のローラントとも雑談をして帰っていく。
将来の弟になるのだからという意味合いと、えらそーに剣術の指南ができるからというのもあるのかもしれない。
教えてもらったことを、得意気に誰かに教えたくなるお年頃だ。
ヨハネスの帰宅時間にはいつも弟は庭の鍛練場で剣をふるっていて、彼もそれを分かっているからこそ、寄って一声かけるのがお約束のやり取りだ。
「あー、えっと、そうね……」
なんて答えようか。
今後のことも考えると……。
「大したことではないわ。まずは、ヨハネス様の興味を引きそうな話題を、意識したこと」
これで、タロットカードの存在を知られても、ヨハネス様の興味を引くためと言い張れる。
そして、母にも意味ありげに目配せをした。
「それから、殿方は押すと引くものですわ。こちらが引けば、押したくなるもの。引くことの重要性に気付いたのです」
……目を丸くしすぎですよ、お母様。
まぁ、九歳の子供がこんなことを言っていたら、そんなものか。
今のは、ヨハネスに対して『引く』ようなことを今後しますよ、という布石だ。
ローラントは、よく分からなぁといった顔で手を頭の後ろにやった。
「そうなの? 僕なら、引かれたくないなー」
「あら。例えば、毎日甘えてくる猫ちゃんより、徐々に警戒を解いて、時間をかけて初めて甘えてくれるようになった猫ちゃんを、よりなでたくなるでしょう?」
「あー。そういうのは、あるかも」
そう言って、何かを思い出すようにして聞き覚えのある名前を出した。
「指南所でよく会うリックって人がさ、そんな理由で野良猫を飼いだしたらしいんだよねー。可愛くなっちゃったみたい」
ドキッとした。
このゲームの攻略対象の一人、リック。
もう……絡んでくるんだ。
このゲームのヒロインの立場で攻略したのは、二人だけ。一人は、ヨハネス。もう一人は、リックだ。
ライラの立場では何も起きないだろうけど、微妙な気分だな……。
基本的にローラントの剣の指南は家庭教師に任せてあって、たまに騎士団の人が来てくれることもあるし、王都にある剣術指南所に行くこともある。
騎士団の人が交代制で子供たちに教えている開かれた指南所で、平民で剣が強くなりたい子はここへ通う。トーナメント戦での優勝など、十歳までに実力を認められると学費免除で騎士学校へ入れるとあって、平民の子供たちは必死らしい。
うちのような貴族の子もたまに行くのは、やはり比較対象がほしいからだ。他の子と比べて劣ると思えば発奮材料になるし、優れていると思えば、自信がつく。
リックは平民の出だ。
赤茶色の短髪で、気さくな青年。ヒロインのメルルとも最初から気が合った。
まさか、こんな時期にその名前が出てくるとは。
でも、ローラントの知り合いってだけで、私と会うことはないわよね、きっと。
「でもリックさ、騎士学校に行くことが決まって、会えなくなっちゃうんだよなー。寄宿舎に入るし。猫も家族に任せて、すぐお別れだって」
「そう、才能のある方なのね」
うん、やっぱりしばらくは接点がなさそうね。
「あらあら、仲のいいお友達に会えないのは、寂しいわよね」
母が、考えるそぶりをしている。
いやいや、お友達といっても、騎士学校に入るのだから十歳くらいだと分かるでしょう。いずれ王立学園に特待生で入るから、私と同じ学年だ。ローラントに付き合ってくれているだけでしょう。
「それならお休みの日に、たまに遊びに来てもらえばいいじゃない。ねぇ、あなた」
ちょっと待って!
それ、私とも会っちゃうじゃない。
「そうだな。お前は騎士になりたいのだろう? 騎士学校に入った後のことを、入学したばかりの者から聞けるのは、大きいかもしれんな。最初は慣れるのも大変だろうから、入学して、落ち着いた頃に招待状を出しておこう」
「やった! ありがとう、お父様」
そんな馬鹿な。
まさかメルルと出会うはるかに前に、会うことになるとは。
うーん……ゲームでは私のこと、なんて言ってたかな。ちょっと近づきにくいところがあるよな、くらいしか言っていなかった気がする。
ゲームの裏設定で、実は知り合いでしたとかあったのかな。それとも、私がうっかり例え話で猫の話なんか出したから、ストーリーが変わったとか?
はー……。
設定資料集が欲しい。
「先に戻るわ」
馬車が見えなくなったので、そう言ってきびすを返す。
ミーナ、顔色一つ変えなかったな……。
ヨハネスとの会話、今ここでの家族との会話、全て知っているのに、いつもの微笑みを浮かべているのは、改めてすごいと思う。
ミーナが私のいた前世に転生なんかしちゃったら、どんな人生を歩むのだろう。
そんなことを考えながら、自室に戻った。
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