第9話 王宮

 実際に王宮を目の当たりにすると、正直びびるわね……。


 今日は、ヨハネスとのお茶会の日だ。

 交互にお互いの場所を行き来しているので、今回はメイド二人とお迎えの馬車に乗って、王宮まで来た。


 公爵家の邸宅も豪華だけれど、そこはライラの育ってきた記憶がある。


 王宮は今までのライラにとって、わざわざ意識して見回そうとはしなかったし、王宮なのだからこんなものだろうと思っていたけれど……。


 まず、門から建物までが遠い。

 美しく整えられた広大な庭園に圧倒されるし、警備もめちゃくちゃ厳重だ。

 建物内も、入った瞬間に豪華絢爛な玄関ホールに迎えられ、目眩がしてくる。


 ヨハネスは、ここに住んでいるのよね……。


 王宮は、分かりやすく国力をアピールできる。他の国からの使者も迎えるわけだし、こうでなければ舐められるのは分かっているけれど……。

 

 いずれ、もしも婚約がこのまま継続すれば、私もここに住むことになる。

 彼が国王になれば、私は国王妃。


 正直、逃げたい。

 そんな責任、負いたくない。


 色んな意味で、この婚約は早々に解消したいところだ。


「ライラ様、お待ちしておりました」


 左胸に手を添えたクラレッドとカムラが、私を出迎える。


 ん?

 クラレッド?

 ヨハネスにべったり張り付いているはずのあなたが、なぜここに?


「お出迎えありがとう。珍しいですわね、あなたが……」


 言い終わる前に、ぴょんとびっくりする人物が現れた。


「ライラ! 待っていたんだよ」


 ヨハネスーーー!!!

 まさか、王太子自ら出てくるとは。


「あら、ヨハネス様。今日もお招きいただき、ありがとうございますわ」

「うんうん、そうだね。さぁ、行こうか」


 人の話を、聞いていない……。

 私の手を掴んでぐいぐい引っ張る彼は、どう見ても小学生だ。


 ……部屋で待っていられなかったのかな。

 いつもは、そうしているのに。


 とはいえ、婚約者を出迎える方が普通なのかもしれない。今までは、面倒だっただけなのかも。

 彼なりの、ちょっとした我儘だったのかしら。


 廊下も扉ばかりだ。

 壁に取り付けられている燭台も、豪華すぎる。

 天井も高いし、階段の手すりもいちいち装飾が細かい。物語の中に入ってしまったようだ。


 ……入っているんだけど。


 しかし、おかしい。

 いつもの場所を通りすぎた気がする。


「ヨハネス様? どちらに向かわれていますの?」

「あ、気が付いた? 着いてからのお楽しみだよ」


 ああ、これは……。

 なんとなく分かってしまった。


 ちらりと後ろを振り返ると、ヨハネス付きのクラレッドとカムラ、私に付いているミーナと、もう一人のメイドでありミーナの妹でもあるシーナが、慌てる様子もなく追いかけてくれている。


 こちらは結構な速足なのに、いつもの速度ですみたいな顔で余裕げに歩いているのは、さすがよね。


「ここだよ、ライラ」


 エスコートされて入った部屋は、心の準備をしていたとはいえ、広くて重厚感がある。


 大きな窓からは陽光が降り注ぎ、そこから通じるバルコニーはここから見ると、まさに庭だ。


 左奥には、大きなベッドが鎮座している。


「ヨハネス様の私室にご案内していただけるなんて、身に余る光栄ですわ」

「あ、やっぱり、分かった?」

「この広い部屋で、かくれんぼの勝負をしたいってことかしら? 私、負けませんわよ」


 扉が閉められたのを見て、悪戯っぽく笑ってみせる。


「あっはは、する?」

「この部屋の持ち主であるヨハネス様は、十数えるまで。初めての私は五十というところで、どうかしら」

「それは、ずるすぎるよ」

「分かっていて、言っていますわ」

「ああ、知ってるよ。ライラがずるいと分かっていて言っているのも、分かっている」

「それなら私も、ヨハネス様が分かってくれていることも、分かっていますわ」

「えー!? えっと、それなら、ライラが分かっていることを分かっているのを、分かっていることも分かって……? あー、もう訳が分からない」

「あら、それなら私の勝ちかしら」

「なんの勝負をしていたんだよ」


 こんなに今まで最初から会話が続いたことが、あっただろうか。


 完っ全に、友達扱いされているわね……。


 王太子には、なかなか気の許せる友達はつくりにくい。機嫌を損ねないように、何かで勝負しても勝たせなくてはという意識が働く。


 幼少の頃なら違ったかもしれないけれど、この年齢なら誰も彼も、親から言い含められているはずだ。


「それで、ヨハネス様はここで、例のタロットカードを見たかったってことかしら?」

「ああ、そうだった。そこで見せてよ」


 王太子らしい言葉遣いは、完全にやめたらしい。


 仲がよくなるのはいい。

 でも、このままヒロインに会って恋を知った時に、確実に私は邪魔者。結局待ち受けるのは、私にとってのバッドエンドだ。


 それを避けつつ、ヨハネスにも子供らしい『今』をあげたい。


 ……なかなか、難しいものね。


 彼が座るよう促した、三人掛けくらいの高そうな椅子の端に「失礼しますわ」と言って座ると、ものすごく近くにヨハネスが座った。


 いきなりの、この距離感……かつての私の息子、拓海が、ゲーム機一台にコントローラーを友達と分け合ってゲームをしていた時に、これくらい近かった気がする。


 きっと、屈託なく話せる友達に、飢えていたのね……。


 頭をなでたくなったものの、ぐっと耐えて、内ポケットからタロットカードの入った布を取り出し、さらさらと中のカードを並べた。


「美しいな……」


 ヨハネスの感嘆混じりの言葉に、満足げに私も頷いた。

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