第19話 限界突破②
『「本当のバイオリンは、歌を歌うモノですよ」
オイストラック氏の言葉に、峰沢峰三さんは、はっと胸を打たれた。』
この文で始まる物語をご紹介いたしましょう。
オイストラック氏とは、当時、世界有数のバイオリニスト。
昭和30年、氏が来日した時、峰沢さんは彼の元を訪ねた。
そして、バイオリン談議で意気投合する。
氏の持つストラディバリウスは、氏の言葉と共に、峰沢さんの心に光を与え、その光に希望と勇気を見出すのだった。
というのは、彼は戦前からずっとバイオリン作りを続け、戦中では息子を亡くし、隠れて仕事を行っていたからだ。
それは想像を絶する努力だった。
「倒れたら口に手を当ててみろ。息が出ていたら、また起きてやるんや!」
そう言った、亡き父の言葉を何度も思い出す程の過酷なものであったらしい。
そういう修行をずっと続けたので、戦前には既に世界の一流のバイオリニストから高い評価を得ていたのだが、それでも彼は血の滲む努力を続けた。
戦中では、幾度も危機があったし、彼の心は何度も折れかかった事だろう。
そうして、バイオリン職人となって42年目の昭和30年に、オイストラック氏から最初にあげた言葉を貰い、開眼するのである。
そして、傑作「日竜」「魂竜」を世に送り出した。
「魂竜」は、オイストラック氏へ送られ、出会った時にはそこまで評価されなかったが、この時、氏から大芸術家という最大の賛辞を貰った。
「オレは職人や」
これが、峰沢さんの口癖らしい。
そう言い切れるのは、彼は、職人を突き抜けた何かを、はっきりと掴んでいる人なのだろう。』
職人という枠、それを突き破った時に、名器が出来るのだと、私は思いました。
まあ、そう書いてあるしねw
そこで、その突き破るきっかけは何だったのか?
限界突破を起こしたのは、何だったのか?
それが、この場合は、もちろん最初の言葉、『バイオリンは歌を歌うモノ』って言葉なんですね。
これは、何を意味しているのか?
そこを考えたんですよ、彼は。
ストラディバリウスの音色や感触を思い出しながらね。
名器は名人を産む。
名人は名器を作るのは名人だからですが、名器も名人を作るのです。
私は、そう思いましたね。
抽象的過ぎますか?
つまりは、最初の言葉だけではなく、ストラディバリウスの映像や感覚がそこに作用して、化学反応を脳内で起こしたんですよ。
言葉は抽象的ですが、その映像とか感覚は具象化した経験です。
その具象化したモノが、抽象をより鮮明にし、脳内で実体化する、そんな感じでしょうか?
ナニ?
もっとわかりにくくなった?
ふぅー、言葉って難しいですね。
普遍化しようとすると、どうしても概念的になってしまう。
このお話の例では、バイオリンが歌うってあります。
そこなんです。
バイオリンに魂を吹き込む。
その実例が、あのストラディバリウスなのです。
でも、それの猿真似では、それに近づけても、それを越える、あるいは、それとは異なる次元まで到達することは不可能でしょう。
多分ですが、ストラディバリウスと同程度では、評価されないと思います。
更にそれを越えないと、大芸術家なんて言われないと思います。
彼は、ストラディバリウスを越えたんですよ。
だから、有名バイオリニストが感動したわけです。
ストラディバリウスを弾き慣れている名人が、彼を認めるって事は、そう言う事だと思うのですよ。
魂を入れるとは、どうしたらできるのか?
そこに、血を流す努力があるのですが、多分ですよ、彼は脳内で何度も何度もバイオリンの声を聞き、演奏しては、また脳内の声と照らし合わせる、そういう作業を根気よく、際限なく続けるんですよ。
脳内では、それを繰り返すことで既に魂のある音色が響いてきているのだと思うのです。
そして、それを実際に奏でようと試行錯誤を繰り返す。
では、魂の音色がどうして脳内で聞こえるようになったのか?
彼は、多分ですが、脳内で、バイオリンを奏で、それが最初はストラディバリウスの音だったかもしれませんが、その音をずっと再現していたわけではないのですよ。
脳内で、それを改変し、自分の目指す音を構築していったのですよ。
それは、何度も何度もストラディバリウスの音を再現したことから生まれたのだと思います。
その音が、何度も自分で繰り返すことにより、自分の音へと改変していったのだと思うのです。
私は、そういう能力が人間の脳にはあるのだと思うのですよ。
それは、もう、誰もが既に経験している事だと思います。
最初は、猿真似でも、なぜか自分で勝手に応用して、もっと良くなったり、オリジナルのものが出来たりと、そんな経験はありませんか?
いや、すでに猿真似の時点でオリジナルになってる場合も、芸術の分野ではあるかもしれませんがw
数学の問題を解く時、最初は解き方を猿真似するのが速く上達するコツだというのが、もう常識化しています。
だから、チャート式は大ベストセラーですよ、受験数学、高校数学においてはね。
ですが、それでなぜ、オリジナルの問題を解けるようになるのか。
猿真似って、つまるところは暗記なのですが、それは脳内で何度も再現できる
くらいにするってことです。
そうすると、まるで自分がその解法を考えたかの如く、自分のモノとなり、そうなると、その類題は解けるようになります。
その解法のストックが溜まれば溜まるほど、更なる類題も解け、そして、そういった解法の作法というか、仕方というか、そういう仕組みまで自分のモノとなり、数学問題が体系化していくのです。
つまりは、もう、猿真似を越えた、自分独自の感覚が育つのですよ。
そういう感じで、脳は、飛躍を遂げるのだと思います。
その飛躍は、そこへ行くまでに、沢山の試行錯誤や経験や脳内再生が行われて、初めて起こるのが普通です。
異世界では、アイテムとか、神の加護とかですぐに無双とかすることを書いたりするのですが、それはそこまでに行く童貞、じゃなく道程を省略するものでしかありません。
その課程に、多くのヒトが感動を覚えるのは、以上のことの経験が、少しは誰もがあるからだと思うのです。
いえ、これは人間としての本能かもしれません。
だから、頑張る主人公を応援する。
そして、彼は遂には限界突破をする。
読み手は、自分もしたかの如くに感動する。
まあ、そう書かないとダメなんですが。
そこが、また難しくも面白いことだけど。
私は、限界突破を考えることで、今は、そのような考えに至っています。
どうです、限界突破。
貴女も、君も、やってみたいでしょう?
それとも、読んでみたい?
今回は、ここまで!
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