第128話 ヤキモチ玲桜奈ちゃん
「失礼します、磯山です」
「は~い、どぉぞ~」
同日の放課後。生徒会室の前に来た俺、ソフィア、ゆいの三人は、返事を合図に扉を開ける。そこは、いつもよりも少しピリッとした空気になっていた。
「陽翔、改めての確認になるが、今回庶務職に就くために出馬する。間違いないな?」
「はい、間違いありません。出馬申請書も書いてきました」
俺は事前に用意しておいた紙を玲桜奈さんに手渡すと、そのまま受け取ってくれた。
「うむ、君の意志、しっかり受け付けた。当選目指して頑張ってくれ!」
「はい!」
「頑張ってもムダムダ~ですわ」
「なっ……」
「そこ邪魔、お退きなさい! ワタクシも出馬申請書を待ってきてさしあげましたわ」
突然俺の後ろに立った天条院は、俺を押し倒して道を作るとそのまま玲桜奈さんに紙を提出した。
「ふん、貴様が出馬とは、片腹痛いな。私を笑い殺す気か?」
「偉大なるワタクシのおかげで、西園寺家の令嬢という……ソコソコな人種を笑わせられるなんて……ワタクシ、コメディアンの才能もあるのかしら? なるつもりはないですけど! おーほっほっほっほっ!!」
言うに事欠いて、玲桜奈さんを侮辱するだと!? こいつ……! いや駄目だ、冷静になれ俺。こいつはわざとこう言って、俺が怒るように仕向けてるんだ。
「玲桜奈ちゃん先輩! こいつの悪評は知ってるんですよね!? こんな奴が出馬できるなんておかしくないですか!」
「出馬は学園の生徒なら、誰でも出来るんだ。それは天条院も例外ではない」
「そういう事ですわ。わかったら部外者は黙っててくださる?」
「うっ……!」
怒るソフィアの事など全く気にも留めない天条院は、玲桜奈さんの前に行くと、鞄から書類を取り出した。
「確かに受け取った。当選を目指してがんばるように」
「ふふっ、これでもう生徒会に入ったも同然ですわ。いくら馬鹿な生徒達とはいえ、ワタクシに投票するのが一番賢いと分かってるでしょうし! それじゃごめんあそばせ! おーっほっほっほっ!!」
既に価値を確信するように笑いながら、天条院は生徒会室から去っていく。残された俺達の空気は、何とも言えない重いものになってしまった。
「本当にむかつく! ハル、お昼休みの時も言ったけど、あんな奴に絶対に負けないでね!」
「ああ、あんな奴なんかに絶対に負けない」
「……そんなに余裕ぶらないほうがいいかもしれないわよぉ」
一人でプリプリと怒るソフィアに握り拳を作ってみせる中、金剛先輩が少し不穏な事を口にした。
「私もイサミに同意だ。奴には敵も多いが、その一方であの性格についていく者がいるのは確かだ。実際に奴のお付きもいるぐらいだからな」
「た、確かに……そうですね……陽翔さんの評判があまり良くない状態の今……不利なのは明らか、です……」
玲桜奈さんに続いて、ゆいも不安そうな声を漏らした。
横暴ではあるけど、自信たっぷりな性格……確かにこの人についていけば引っ張ってくれるって思う人間もいるだろう。
それに、もし票を入れなかったら、嫌がらせをされるかもと思ってしまい、仕方なく票を入れる人間もいる可能性だってある。
「良くなる可能性も、悪くなる可能性もある天条院だけど……俺はよくなる可能性が、現状少ない。そういう事ですよね、玲桜奈さん」
「そうだ。我々現生徒会は、君が悪人ではないとわかっているが、我々が私情で選挙に介入する事は出来ない。不公平になってしまうからな」
まあそうだよな。あくまで公平にやるのが選挙だし……生徒会の皆の力を借りずに頑張ろう。
「直接何かを手伝うのは駄目だけどぉ……アドバイスくらいはいいわよねぇ? こういうのはした方が良いわよぉ~みたいなのは」
「あまり陽翔だけにしないなら、大目に見ても良いと思うが」
「わかってるわよぉ~。他にも立候補者がいるんだしぃ、そっちのサポートも欠かさないわよぉ」
「それは助かります。正直初めての事なので、何をすればいいやらって感じで」
「行っても良い活動については、後に伝えるから安心してくれ」
よかった、後でネットで調べないといけないと思ってたから、玲桜奈さん達が教えてくれるのはありがたいな。
「アタシ達も手伝うから! だから大船に乗ったつもりでいて!」
「うおっ!?」
ソフィアは自信たっぷりにそう言いながら、俺の腕に強く抱きついて、頼もしさをアピールしてきた。
協力してくれるのは嬉しいけど、玲桜奈さんの前でこんな事をされたら……! マズイ、玲桜奈さんの眉間にどんどんシワが……!!
「そ、ソフィアちゃん……玲桜奈ちゃん先輩の前でそれは……」
「あ、ごめんごめん! ついいつもの癖で!」
「勘弁してくれって! れ、玲桜奈さん! これは……!」
「私の前で……いくら友達とはいえ……他の女と……」
どんどんと不機嫌な顔になっていく玲桜奈さん。その背後には、怒りの炎が燃えているように見える。それくらい、玲桜奈さんは怒っている。
いや、これは怒ってるというよりも、ヤキモチを焼いてるんだろうけど……って、そんな冷静な分析をしてる場合じゃない!
「玲桜奈さん! そんなに怒らなくても、ソフィアも悪気があったわけじゃないんで!」
「陽翔は……私の彼氏なのに……他の女とハレンチな事をした……!」
「ハレンチじゃないですから! いつものスキンシップですから! 何度も見てるでしょ!? だから――」
「うるさいっ!」
まるで不機嫌な子供がぐずってるように、大きくて切れ長な目に涙をたっぷりとため込み、頬はフグのようにパンパンにしていた。
「陽翔の……馬鹿ぁぁぁぁ!! ハレンチ男ぉぉぉぉ!!」
バシーーーーーン!!
「ふべらぁ!?」
「ふんだっ! 私外回りしてくるから、あとは任せた!!」
甲高いビンタの音を響かせた玲桜奈さんは、プンプン怒りながら、生徒会室を後にした。
きょ、強烈な一撃だった……頭がフラフラする……あれ、何かヒヨコが頭の周りを飛んでるような……?
「し、しっかりしてください……大丈夫ですか……?」
「あ、ああ……何とか首は繋がってるみたいだ」
「もう、玲桜奈はああみえて繊細なんだからぁ、あんまりいじめちゃ駄目よぉ?」
「す、すみませんでした……アタシ、これからはくっつく時は、なるべく家だけにしておきます!」
いや、そこはもうくっつかないとかにしてくれよ。ソフィアにそれを求める方が間違ってる気もするけど。
「それにしても、あんなに感情を表に出す会長は初めてみました」
「あ、確かに。いつもはもっと冷静で大人びてるから、あんな子供みたいな会長を見るのは、新鮮だったかも」
生徒会のメンバーの女子達が、少し驚いたような顔で、怒った玲桜奈さんの感想を言い合っていた。
俺達と一緒にいる時以外だと、基本的に西園寺家の令嬢として気品ある振る舞いをしてるから、そう思われるのも仕方が無いだろう。
「いいじゃな~い、ワタクシは嬉しいわぁ。感情を表に出しても怒られない、素晴らしい人達に出会ったって事じゃなぁい」
「な、なんかそんな風に言われると照れちゃいますよ」
「堂々としてなさいなぁ。三人共、本当にありがとねぇん」
まるで母親のような優しい笑みを浮かべる金剛先輩を見てたら、自然と強く頷いてしまっていた。そして、それはソフィアとゆいも同じだった。
「さあ、遊んでる時間はないぞ! 玲桜奈さんから活動について教えてもらうまで、暇ってわけじゃない。まずは情報収集をして、今後の方針を練ろう!」
「「おー!!」」
俺はソフィアとゆいと一緒に、掛け声をかけながら、右手を天高く突き上げた。
初めての生徒会選挙への参加……不安だけど、これを乗り越えて目的を達成して見せるぞ!!
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