第117話 努力の結果
『……おめでとう』
「え、え……お、おめでとうって……?」
『あなたが一番よ』
加藤さんの言葉でフリーズした俺達は、数秒ほど見つめ合ってしまった。
「一番……陽翔さん……ゆいのほっぺ、つねってください」
「あ、ああ……」
「い、いひゃい……ゆめりゃにゃい……」
ようやく状況を飲み込めた俺達は、思わず嬉しさのあまり、勢いよく立ち上がって声を上げてしまった。
だって仕方ないだろ! 一番を目指してたとはいえ、本当に一番になったら嬉しいだろ!
「やったーー!! ゆいちゃんおめでとう!!」
「素晴らしい結果だ。本当におめでとう」
「あ、ありがとうございます……!」
ソフィアに大声で抱きついたり、西園寺先輩に静かに誉めながら撫でられるゆいは、目尻に涙を溜めながら喜んでいた。
その一方で、勝ちを確信していた天条院は、ポカンと口を開けながら、その場で立ち尽くしていた。
「加藤さん、磯山です。あの、天条院の作品はどうだったんですか?」
『磯山さんもいたのね。彼女の作品に順位はついて無いわ』
「どういう事ですか?」
『あまりにも不自然に票が多いから、うちで調査したところ、不正票が大量に見つかったの。だから、失格処分となったのよ』
不正票? もしかして、歴代で一番の票が集まってた理由はそれなのか!?
こいつ、最初から最後まで卑怯な事をしやがって! だからずっと自信たっぷりに見下していたのか!
『桜羽さん。一位になったとはいえ、まだ連載化するとは決まってないから、進捗がありしだいまた連絡するわ』
「は、はい! ありがとうございました!」
「本当におめでとう。それじゃ」
通話が終了したのを皮切りに、ずっと黙っていた天条院が、ブルブルと震え始めた。
「馬鹿な……ワタクシが失格!? あいつら、足がつくような真似をして……! いや、編集者がワタクシの作品を妬んで仕組んだ陰謀……!?」
自分がやらせた不正なはずなのに、なぜか全く自分のせいと思わないのは、ある意味最強のメンタルだろ。ここまでくると、哀れにも思えてくる。
「そうだ、漫画が駄目だったのかもしれないわ! 早く連絡しないと! もしもし!? ちょっと、今回の作品は駄目だったから次を描きなさい!」
『あんたか……こっちから連絡するつもりだったから、丁度よかった。さっき担当から聞いたんだが……あんた、不正を働いたんだってな?』
スマホから僅かに聞こえる、野太い男の声には、怒りが孕んでいるように聞こえた。
「不正じゃないわ。これも立派な戦術ですわ!」
『ふざけんな! こちとら大金を積まれたとはいえ、あんたに無茶な要求をされても、罵声を浴びせられても耐えてきたんだ! それを勝手な事をされて潰されるとか冗談じゃない! もうあんたとは縁を切らせてもらう!』
「はぁ!? 何を勝手に……もしもし!?」
何の音も発さなくなったスマホを、天条院は地面に叩きつけて破壊してしまった。
なんていうか、俺は今まで漫画家は弱みを握られてるとか、そんな感じの犠牲者なのかと思ってたけど、金を貰ってたのかよ……同情の余地はないな。
「ワタクシが負けた……? あれだけ馬鹿にしていた桜羽さんに負けた……? 認めないわ。絶対に何かある! そうじゃなければこんな負けなんてあり得ない! そうだわ、今すぐに出版社に行って確認しなければ! ああもう、まだいたのね下民共! 今だけは勝利の美酒に酔う事を許すわ。でも、それも僅かだから、せいぜい楽しみなさい! それじゃごめんあそばせ〜!」
さっき来た時とは打って変わって、焦ったような雰囲気で部屋を出ていった……と思ってたら、すぐに戻って来た
「この程度でワタクシの恨みは晴れませんわ。次はどんな手を使ってでも、あなた達をどん底に叩き落としてやりますわ!」
まさに負け犬の遠吠えを残して、今度こそ天条院は去っていった。
完全な自爆だったとはいえ、天条院に無事に勝つ事ができた。それに、一緒に掲載されていた他の漫画にも勝てたのは、紛れもなくゆいの努力だ。本当にゆいは凄い子だ……!
「よーっし! これで予定通りに出来るぞー!」
「予定? 何の話だ?」
「ふふっ、実は私とソフィアさんで、二人に内緒でおめでとうパーティーをする準備をしてあってな」
パーティーの準備? 全然気づかなかった。そんなそぶりなんか、全く見せてなかったからな……嬉しいサプライズだ。
って、素朴な疑問なんだけど、もし駄目だったらどうするつもりだったんだろう? お疲れ様パーティーになってたんだろうか?
「それじゃアタシ達、準備したものを取ってくるよ! ゆいちゃんの家でいいよね?」
「は、はい。先に帰って片付けておきます!」
「俺も片付け手伝うよ」
「ありがとうございます、陽翔さん」
役割分担が決まった俺達は、パーティーを早く始めるために、意気揚々と生徒会室を後にした。
****
ゆいの家に来て片付けるつもりだったんだけど、元々漫画以外にあまり物がない家だし、日頃から掃除はしてるから、十分程度でする事がなくなってしまった。
「終わっちゃいましたね。どうしましょう……?」
「2人が来るまでのんびりしてようか」
「そうですね」
手持ち無沙汰になってしまった俺は、その場で腰を下ろす。すると、ゆいが俺の腕にピッタリとくっついた。
「ゆい、頑張りましたよね?」
「ああ、めちゃくちゃ頑張った」
「なら……褒めてほしいな、なんて……」
「もちろん」
甘えるように上目遣いでお願いしてきたゆいの事を、しっかり抱きしめる。
サプライズパーティーの話だったり、天条院の事だったりで、加藤さんから報告を受けてからちゃんと褒めてあげられてなかったもんな……反省。
「本当にゆいは凄いよ。俺の世界で一番凄くてカッコよくて可愛い、世界一の彼女だ」
「そ、そんな……褒めすぎですよ……えへへ」
「何言ってるんだ。こんなの褒めてるうちの一割の量もないぞ」
「い、今ので一割もないんですか……!? それじゃ、全部言われたら……ゆい、嬉しすぎて死んじゃいます……!」
死なれるのは困るけど、もっと褒めまくって照れるゆいを見てみたい気もする。きっとめっちゃ可愛いんだろうな……。
……うん、やめておこう。そんな可愛いゆいを見たら、俺の理性が吹っ飛ぶ危険性がある。これからソフィアと西園寺先輩が来るんだし、ぐっと我慢だ。
「もっと撫でてください……」
「こうか?」
「そうです……えへへへへ……」
あ、やべえ既に理性吹っ飛びそうなんだけど。なにこの可愛い生き物……は、はやく帰ってきてくれソフィア! 西園寺先輩! 俺このままじゃ持ちそうにないぞー!!
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