ゆい編 最終話 これからも一緒に

「ふう……ちょっと休憩しよう……」


 あれから五年の月日が経った――今日も漫画を描いていたゆいは、作業机の前で大きく背伸びをした。


 そんなゆいの様子を見計らって、俺はキッチンからリンゴジュースを持っていってあげた。


「ありがとうございます。すみません、今日はお仕事がお休みなのに」

「いいって。俺がゆいを労いたいんだ」

「そういうところ、昔から変わってませんね」


 ゆいは少し呆れつつも、嬉しそうに笑いながら、リンゴジュースを受け取った。


 あの日、ゆいの漫画が一位になった功績によって、ゆいは無事に漫画家になった。とはいっても、学業を優先するようにという加藤さんの意向の元、高校を卒業してから本腰を入れ始めたんだけどな。


 ゆいの漫画はメキメキと売り上げを伸ばし、今では実写ドラマ化の話が出る程の売れっ子になっている。


 一方の俺は、高校を卒業後、家で出来る仕事をしつつ、ゆいを支えている。


「そういえば、さっきソフィアから連絡があったぞ。来週休みが被ってるから、いっしょに遊ばないかって」

「いいですね。新しいお家にも呼んであげたいですし……」


 ゆいの言う通り、俺達が今住んでいる家は、以前のボロボロのアパートではなく、田舎町にひっそりと建つ一軒家だ。


 どうして一軒家なのかって? 実は、俺達去年に結婚して、一緒に暮らすようになったんだ。


 結婚式は西園寺家の人が主でやってくれた。親しい人達だけの結婚式だったけど、今思い出しても幸せな気持ちになる。


 ちなみにだけど、田舎に一軒家を建てた理由については、静かな所に暮らしたい、いつか生まれてくる子供のために、少しでも広い家が欲しいという、ゆいの要望があったからだ。


「それに、この子の報告もしてあげたいですし……」

「そうだな」


 ゆいはそっと自分のお腹を撫でる。少しだけ膨らんだお腹には、まだ小さいながらも、確かに別の命が宿っていた。


「この子のためにも……頑張らないとですね。よし、もうちょっと描こう……!」

「あ、あんまり無理するなよ? 加藤さんにも、無理は禁物って言われただろ」

「そうなんですけど……」

「休んでコンディションを整えるのも、プロの仕事だって。ほら仕事場から離れる」

「わわっ……押さないでください~」


 このままではまた描きそうだったから、やや強引にリビングに連れていった俺は、テレビをつけた。すると、ちょうど天条院 士郎が記者会見をしていた。


「確か、近々議員を辞めるんだったな」

「そうですね。そういえば……天条院さんはどうなったんでしょう?」

「さあ……?」


 ゆいに負けた天条院は、あれからも何度か漫画を作り、ゆいに勝負を挑んできたけど、全て敗北していた。


 そのうちに、どこからか情報が漏れたのか、天条院 カレンという作者が最低な事をしているとネットに流れた。その結果、かなりボコボコに叩かれていた。


 それ以来、全然音沙汰がないんだよな……あいつの事だから、まだゆいに復讐する事を諦めないで、何処かで悪あがきをしてるかもしれないな。まあどうでもいいけど。


 それと、ゆいの漫画が連載してすぐの頃、まだあのアパートに住んでた時に、何度かまたゆいの両親がやって来たんだが、警察に通報して連れていってもらった過去もある。


 引っ越し先については、両親には当然教えてないから、今頃躍起になって探してるかもな……出来れば二度と関わってほしくない。


「あ、赤ちゃんがお腹蹴った……」

「最近少し増えてきたな。痛くないか?」

「ちょっぴり痛いですけど……赤ちゃんがすくすく育ってるって証拠ですので……痛いのも幸せに思えるんです」

「そっか。でも、つらかったらすぐに言うんだぞ」

「もう、心配性なんですから」


 そりゃ心配するに決まってるだろ。大切な恋人……今は奥さんか。奥さんがつらそうにしてたら、心配して助けるのが旦那の役目だろう。


「なんだか……こんな穏やかで静かで……幸せな時間を過ごせるようになるなんて……夢みたいです」

「本当だな。天条院だったり、両親だったり……結構バタバタした事もあったもんな」

「はい。その件は嫌な思い出ですけど……聖マリア学園で過ごした日々は、ゆいにとって幸せな時間でした」


 ゆいが幸せと思ってくれるなら、俺はそれでいい。実際にこうして俺達は一緒に幸せになれているんだからな。


「でもな!」

「え、急にどうしたんですか……?」

「ここが幸せのゴールじゃないぞ! これから先、まだまだゆいの漫画は有名になれる! それこそ、海外の人の目にも止まる可能性だってある!」

「え、えぇ……!?」

「夢はでかく持つんだ! それに、子供だって一人じゃなくて、二人三人と生まれるかもしれない。そうすれば、大変な事も増えるだろうけど、幸せな事ももっと……もーっとたくさん増える!」


 俺は体を目一杯広げてみせてから、ゆいを見つめながらニコッと笑った。


「幸せは自らは来ない。でも、自分で手に入れにいけば、いくらでも手に入るんだ。だから……一緒にもっともっと幸せになろう! それこそ、漫画の中のキャラ達が、嫉妬して本から出てくる勢いでさ!」

「ふふっ……そうですね。今までつらかったんだから……ちょっとくらい幸せになってもバチは当たりませんよね」

「ああ。まあそんなクソな神様がいたら、俺が殴り倒してやるけどな!」


 誰が相手でも、絶対にゆいが幸せになる事は邪魔させない。だってゆいは、これから俺や生まれてくる子供と一緒に、世界一幸せになってもらうんだから。


 そのためにも……俺がずっとゆいのそばで支えなくてはいけない。


「陽翔さん、あの日……ゆいを助けてくれて、ありがとうございます。ずっと一緒にいてくれて、ありがとうございます。大好きです……!」

「俺も大好きだよ。これからも一緒に幸せになろうな」

「はいっ!」




――――――――――――――――――――

【あとがき】


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。これにてゆい編は完結となります。


 前章のソフィア編でもお伝えしましたが、あくまでというだけで、作品自体はまだ続きます。


 次回のお話は、陽翔が最後のヒロイン……玲桜奈を選んだお話が始まります。時系列もゆい編と同じ、高校一年生の夏休み旅行から再びはじまります!


 最後になりますが、皆様にお願いがございます。お話はまだ続くので、、☆やレビューで作品の応援をお願いします!!

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