第95話 天条院、撃沈

 俺の渾身の一撃を受けて吹っ飛んだ天条院は、大の字で伸びてしまった。


 さすがにやり過ぎたかもしれないけど、俺としては全然足りないくらいだ。それくらい、天条院のしてきた罪は重い。


 ……まあ、罪とか言い出したら、俺だって完全にやらかしてるけどな。よくて退学、酷ければ暴行で少年院行きか。


 いや、俺の事なんてどうでもいい。今はソフィアと金剛先輩の安否を確認しないと!


「ハルー!!」

「うおっと!?」

「ハル……ハルぅ……!!」


 二人の様子を見に行こうとした俺の胸の中に、ソフィアが凄い勢いで飛び込んできた。


 ソフィアの体には大小様々な傷があり、服も汚れていて……とても痛々しい。


「ありがとうハル……ごめんね……ごめんねぇ……!」

「なんでソフィアが謝るんだ。俺が悪いのに……!」

「ハルは悪くないよ……アタシがハルを信じれなくて逃げたのが悪いんだもん!」

「ソフィアは悪くない! 俺がウィリアムにいいようにされたのが悪いんだ!」

「はいはい、どっちが悪い論争は疲れるだけだからそこまでよぉん」


 ソフィアと言い合いをしていると、もう見てられないくらいボロボロの金剛先輩が、俺達の頭をクシャっと撫でた。


「金剛先輩、怪我は……!?」

「この程度、ツバでもつけとけば明日には治るわぁ」

「そんなわけないだろう」


 眉間にシワを寄せながらこっちに来た西園寺先輩は、あっけらかんと笑う金剛先輩の背中をパンっと叩いた。それからすぐ、とても申し訳なさそうに俯いた。


「すまない、イサミ。こんな損な役回りをさせてしまって」

「なぁにらしくない事言ってるのよぉ。生徒会のボスらしく、堂々としてなさいな。アタクシはそういう玲桜奈が好きなんだからぁ」

「はは……手厳しいな。ここ最近は情けない姿ばかり見せてしまってる気がする」

「これから気を付ければいいのよん。そうだ、アレは無事かしらぁ?」


 アレってなんだろうか? そう思っていると、金剛先輩は物陰から、スマホを取り出した。


「ふふ、よく撮れてるわぁ。あらあら、アタクシったらこんな暴れて。はしたないわねぇ」

「証拠映像か。全く抜け目がないな」

「当然よぉ……あらぁ? なんか外が賑やかねぇん?」


 金剛先輩の言う通り、外からはサイレンのような音が、けたたましく鳴り響いていた。


「学園に残ってもらったゆいさん達に、警察と救急車を呼ぶように頼んでいてね。丁度いいタイミングだった」

「あらそうだったのぉ? 別にアタクシは大丈夫なのにぃ」

「そんなにボロボロで言う台詞じゃないだろう……私の方で警察に説明をしておく。集めていた証拠は準備できているか?」

「はい、お嬢様。私の方で準備はすべて完了してます」

「ありがとう。さっきのイサミのスマホと一緒に、証拠として提出してくれ。それと……今回は色々と手間をかけさせてしまって申し訳ない」

「私には勿体ないお言葉ですわ」


 大勢の警察や救急車に運ばれる天条院のグループと、まだ気絶したままのウィリアムを見て、ようやくこれで一息ついたんだなと思い、俺は深く息を漏らした。



 ****



 あの事件から数カ月が経ち、めっきり寒くなってきた。この数カ月の間はかなりドタバタしていたせいで、あっという間に過ぎてしまった感じがする。


 あの後だが、ソフィアは数日、金剛先輩は二カ月の入院をしたが、無事に退院する事が出来た。今は二人共元気に過ごしている。


 肝心の天条院とウィリアムだが……まずはウィリアムの話からしよう。


 ウィリアムは今回の事件を引き起こした一人として、一カ月の謹慎処分が言い渡された。帰って来た後もソフィアに絡もうとしていたが、学園側に完全にマークをされてしまっていて、何も出来ず孤立してしまい、早々に学園を辞めた。


 そして天条院。結論から言ってしまうと、あいつは退学になった。


 経緯だが、生徒会や西園寺家の使用人が集めた証拠に加え、それ以外の天条院本人や家の不祥事をまとめてマスコミに情報を流した結果、とんでもない大騒ぎになった。


 結果、天条院の祖父である、議員の天条院 史郎は辞職するにまで至り、天条院も責任を取って退学になった。


 あと、西園寺先輩曰く、天条院は捕まってしまい、今では地方の少年院の世話になっているそうだ。これに関しては公に発表はされていないみたいで、西園寺先輩から聞いた話だ。


 なんにせよ、因縁の相手との決着はつき、こうしてのんびりした学園生活を送れるようになったわけだ。


 ……余談だが、俺と金剛先輩なんだけど、暴力を振るった事には変わりないから、反省文は書かされたりしてる。


「ソフィアちゃん……こっちの準備、終わったよ」

「ありがとうゆいちゃん!」

「ソフィアさん、チキンが温まったぞ」

「ありがとうございます玲桜奈ちゃん先輩! それじゃリビングに持っていってください! あ、変なアレンジを加えないでくださいね!」

「むぅ……それは残念だ」


 今日はクリスマスイブ――俺は自宅のキッチンで料理の準備をする三人を眺めながら、頬を緩めていた。


 しょうがないだろう? 四月からずっと色々あったせいで、こうしてのんびり過ごせるのが、本当に幸せに思ってしまうんだからさ。


「西園寺先輩、本当に俺は手伝わなくていいんですか?」

「ああ。ソフィアさんが言うには、ハルには待っててほしいんだー! との事だ。かなり張り切っているな」

「それは俺も思いましたけど……」

「それよりも、私達が本当にパーティーに参加してよかったのか? 二人きりの方が良いと思うんだが」

「ソフィアの希望ですから」


 俺としては、初めてのクリスマスイブはソフィアと二人きりで過ごしたかったのが本音ではある。でも、ソフィアがみんな一緒がいいって言うから、それを採用した。


 ……べ、別にがっかりとかしてないぞ? ゆいも西園寺先輩も俺にとっては大切な人だから、クリスマスを一緒に過ごせるのは嬉しい。嬉しいけど……いや、これ以上はよそうか。


「はーいお待たせ―! ソフィア特製シチューとピザでーす! ゆいちゃんもつまみ食いを必死に耐えながら手伝ってくれましたー!」

「わわ、言わないでよ~……」


 ソフィアとゆいは、キッチンから大きな鍋と特大のピザ、取り分ける皿などを持って戻ってきた。良い匂いが辺りに充満していて、一気に腹が減ってきた。


「私も手伝いたかったのだがな……」

「そ、それはまた今度!」

「で、ですね……!」


 ソフィアもゆいも、一度西園寺先輩の殺人料理を味わってるからか、メチャクチャ必死だ。その気持ち、俺にもよくわかるぞ。


「それじゃ全部そろったし……始めよっか! ハル、乾杯の掛け声お願い!」

「え、俺?」

「ゆいも賛成です……!」

「ああ。私も異存はないよ」

「こういうのは西園寺先輩の方が向いてると思うんだけどな……まあいいか。それじゃ、みんなコップを持ってくれ」


 未成年も飲めるシャンパンが注がれたコップを手に持つと、三人も続いてコップを持った。


「えっと……それじゃ、メリークリス――」


 クリスマスを言い切る前に、どこからかピロピロという音が鳴り響いた。誰かのスマホが鳴っているようだ。


「ごめんアタシだ! もう、こんな時に誰かなー……あ、ママだ! もしかして、クリスマスの挨拶の電話かな? ちょっと出てくるから、みんな先に食べてて!」

「いや、俺は待ってるよ」

「私も」

「じゅるり……ゆ、ゆいも……待って……だらぁ……」

「ゆいちゃんが待ちきれなさそうだし、食べててもいいよ?」

「大丈夫です……ごくりっ」

「あ、あはは……ありがとう。それじゃ急いで済ませてくるね!」


 全く説得力がないゆいに苦笑いをしながら、ソフィアはスマホを持って部屋を出た。


 クリスマスにわざわざ電話をするなんて、日本じゃ考えにくいよな。やっぱりこういうのは海外との文化の違いなんだろうか?


 そんな事を思っていると、ソフィアがゆっくりと戻ってきた。


「ソフィア、随分と早かった……おい、どうした? 顔が真っ青だぞ……?」

「……パパが……パパが倒れたって……」

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