第57話 おっぱい天国経由、地獄行き

「西園寺先輩、ファイリング終わりました。こっちのもファイリングやっておきますね」

「ああ、ありがとう」


 同日の夜、俺は西園寺先輩と二人きりで生徒会室に残り、溜まってしまった生徒会の仕事を行っていた。


 どうしてこんな事になっているかという話だが、西園寺先輩がみんなに協力してもらっているんだから、せめて溜まってしまった生徒会の仕事は自分が片付けたいと言い出したのが発端だ。


 もちろん俺達も手伝うと言ったんだが、西園寺先輩にものの見事に断られた。俺やソフィア達には無関係なのに巻き込んでしまったのに、こんな事までさせられないというのが理由だ。


 それでも俺は一切引かずに協力すると言い続けた結果、西園寺先輩の方が折れてくれたというわけだ。


 一応言っておくと、ソフィアとゆいは金剛先輩の家の人の車で帰ったから、危険はない。実際にさっき電話があって、無事に家についたと言ってたし。


「磯山君、本当にもう帰ってもいいぞ?」

「何度も言わせないでください。西園寺先輩が帰らない限り、俺は手伝いをやめませんよ」

「随分と斬新なストーカーの仕方だな」

「酷い言われ様ですね!?」

「冗談に決まっているだろう。本当に何から何まで君には感謝しかない。出会った頃に君を邪険にしていた自分を殴りたい気分だよ」


 一切手を止めず、冗談交じりに笑みを浮かべる西園寺先輩の姿はとても美しく、まるで絵画のワンシーンを見ているようで、ドキッとしてしまった。


 っと、見惚れてる場合じゃないな。早く仕事仕事……あれ、指示を貰いながらファイリングをしていたんだが、どこに入れればいいかわからない書類が出てきてしまった。


「西園寺先輩、この書類ってファイルのどこに入れれば良いですか?」

「む? どれどれ……あっ……」

「危ない!」


 俺の元に来る途中、西園寺先輩が足をもつれさせて前のめりになった。それを見た俺は、咄嗟に西園寺先輩を助けようとするが、支えきれず……そのまま二人で一緒に倒れてしまった。


 い、痛ってえ……また後頭部ぶつけた……何度目だこれ……。


「す、すまない……足がもつれて……」

「んぐっ……!」

「っ!?!?」


 真っ暗な中、西園寺先輩の声が近くから聞こえてくる。どうやら俺の顔に何かが乗って、視界が遮られているみたいだ。


 ……このフカフカで柔らかい中に確かに感じる弾力、そしてこの柑橘系の良い匂い……もう何度も経験がある。これは……マズイ!!


「あ、ああ……!?」

「むぅー!」


 ちょ、さっきよりもおっぱいが顔に強く押し当てられてるんですけど!? もしかして、混乱して訳がわからなくなってるんじゃないか!?


「せ、せんぱっ……はなりぇ……」

「あわわわわ……」

「おわっ!?」


 おっぱいから解放されたと思いきや、西園寺先輩は俺の腕を掴むと、そのまま腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためを決めてきた。


 これは割と有名な関節技ですね! 西園寺先輩の能力なら、これくらいできてもおかしくないですよね! っていたたたた!?


「き、貴様という男はぁぁぁぁ!!」

「ほげぇぇぇぇ!?!?」


 かけられた段階で痛かったのに、更に力を入れるものだから、もうミシミシと音が鳴り始めた。もう痛いなんて通り越して訳がわからない!


「いだいいだいいだい!! や、やめてくださいー!!」

「はぁ……はぁ……はっ!? すまない! と、取り乱してしまった……」

「いえ……こちらこそすみませんでした……」


 俺はふらつく体を起こしながら、何とか頭を下げた。


 あ、危なかった……おっぱい天国をトリガーに、本物の地獄へご招待されるところだった。こんな道半ばで死ぬわけにはいかないというのに。


「い、今のは私の不注意が原因だったが……すぐに忘れろ! いいな、三秒以内で!」

「は、はい! 忘れました!!」


 忘れろと言われても……あ、あんな暴力的にフカフカモチモチのおっぱいを忘れるなんて、思春期男子にはかなり難しい注文だ! だから、とりあえず忘れたふりをして、この場を乗り切る!


「本当だな!? 私の目を見て言えるか!」

「はい!!」

「い、今目を一瞬逸らしたではないか! 嘘だな!」


 一発でバレた―!? 西園寺先輩、観察力高すぎないか!?


「……まあいい。別にその……他の男にされるよりかは……幾分マシだからな……」

「え……?」

「なんでもない! それで書類とはどれの事だ!」

「あ、えっと……」


 顔を真っ赤にしながら眉間にシワを寄せる西園寺先輩に、俺は書類を見せた。


 はぁ……どうしてこうなるんだろうな? これじゃ西園寺先輩とも仲良くなるなんて、夢のまた夢も良いところだ……。



 ****



 署名活動を始めて数日――ついに西園寺先輩のお父さんと約束をした日になった。あの日から集めた署名は、ほぼ全校生徒分の量になった。


 ほぼというのは、天条院や一部の生徒が署名をくれなかったからだ。大方天条院の取り巻きや、天条院にバレた時の報復を恐れた人間だろう。


 まあなんにせよ、これだけの量が集まれば西園寺先輩のお父さんも納得してくれると思う。


「な、なあ。変なところないよな? 制服で問題ないよな?」

「うん、大丈夫! 学生の正装は制服だし! それにかっこいいと思うし! ねーゆいちゃん?」

「は、はい……! 胸を張ってください……!」


 俺は姿見の前で少しおどおどしながら、同居人のソフィアと居候のゆいに声をかける。


 これから俺は西園寺先輩の家に行き、集めた署名を持っていく。俺と西園寺先輩の御父さんとの間で交わされた話なんだから、俺が行くのが筋だろう?


「そろそろ約束した時間だな……」

「えっと……予定では十四時です……よね?」

「ああ、そのはず――」


 ピンポーン――


「噂をすれば、だね!」

「だな」


 時間通りに来た来客を出迎えるために玄関を開けると、そこにいたのは西園寺家の使用人――ではなく、私服の西園寺先輩だった。


 西園寺先輩の私服って初めて見たな。清楚を絵にかいたような服装で、西園寺先輩のために作られたと言っても過言ではないくらいに似合っている。


「こんにちは」

「こんにちは。どうして西園寺先輩が来てくれたんですか? てっきり使用人の人が来てくれるのかと思ってましたよ」

「私のために働いてくれた君を迎えに行くのに、私が行かないのは無礼だろう?」


 な、なるほど……さすが真面目な西園寺先輩だ。こういうところが魅力の一つなんだよな。


「よし……それじゃ行ってくる!」

「いってらっしゃい! 頑張ってね!」

「応援してます……!」


 二人に見送られながら、俺が外に停まっていた黒光りする高級車に乗り込んだ。


 この先に待っている事は、ゲームで一切見ていない展開だ……どうなるか全くわからない。それでも、西園寺先輩をバッドエンドから救うためにも……頑張れ、俺!

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