第56話 生粋のクズ

「天条院……! どの面下げて来やがった!」

「随分と乱暴ですこと。ですが、今のワタクシは機嫌がすこぶるいいので、許してさし上げますわ! おーっほっほっほっほっ!!」


 天条院は自分のピンク色の髪をかき上げながら、愉快そうに高笑いを響かせる。


 ゆいの件は上手くいかなかったが、西園寺先輩の件は上手くいった結果こうなっているんだから、上機嫌になるのは当然の事だろう。


 ……くそっ、こいつを見てるとイライラが収まらない。ここでキレてもなにも良い事なんてないんだから、グッと堪えるさ。


「もう会社に戻る事は決まっているのでしょう? 早くしないと重役がいなくなった損失が取り戻せませんことよ。あぁ、いなくなった後の事は心配しなくていいわ。ワタクシが新たな長として、この学園を最高の学び舎にしてさしあげますわ!」


 よほど上機嫌なんだろう。身振り手振りを使って、自分のどす黒い願望をさらけ出している。


 そもそもこんな女が生徒会長になったら、それこそ学園の終わりだと思うんだが。


「盛り上がってるところ悪いけどぉ、アタクシ達は万が一あんたが生徒会長になったとしてもぉ、その下になんかついてやらないわよぉ?」

「あらご忠告どうも。安心して、先代の負の遺産なんか残しませんわ。全てワタクシがメンバーから何まですべて揃えますわ!」


 全部が天条院がプロデュースするなんて、そんなの火を見るより明らかじゃないか。


「そうやって出来上がったのが、ただお前が担ぎ上げられるだけの、神輿という名の生徒会ってわけだ」

「負け犬の遠吠えって本当にうるさいんですのね。あーやだやだ」

「そもそも、お前はどうして西園寺先輩の家の事を詳しく知っている? これを知ってるのは、家の人と、俺達だけのはず。外部には漏らしてない」


 核心を突くように天条院に問い詰めると、先程まであった表情の余裕が無くなっていた。


 そこでうまく誤魔化せばいいものを、それが出来ないから所詮ゲームの中でも嫌われ者の噛ませ役なんだよなぁ。


「お前が一枚噛んでいるのは知っている。今回もゆいも……な。今は何もしないが、また何か仕掛けてくるなら、その時は容赦しない」

「ふんっ、威勢だけは一人前ですこと。その言葉、あとで後悔しませんように。それと、あなた達にはいずれ決着をつけさせてもらいますわ。まあ勝つのはワタクシですが」


 吐き捨てるように言うと、天条院は取り巻きと一緒に、校舎の方へと歩いて行った。それを見送ってから、俺は三人の見知らぬ女子に話しかけられた。


「あ、あの! さっきの凄くカッコよかったです!」

「私達、会長のファンなんです! 署名をしたくて!」

「ありがとう、嬉しいよ! あっちのテントで書けるから、行ってみてくれないか?」


 テントがあるところを指差すと、三人はトテトテと歩いて行った。


 ああやって好意的に来てくれる人がいると、ホッとするというか、嬉しいというか……よくわからないけどさ。


 さてと、変な奴の介入があったとはいえ、署名活動は始まったばかりだ。気合入れていくぞー!



 ****



「よし、今日はここまでにしようか」

「おっけ~」


 署名活動を始めてから数日後。朝と下校時に欠かさず署名活動を行った結果、かなりの人数の署名が集められた。


 ちなみに今日は生徒会の面々が忙しいから、俺とソフィアとゆいだけが署名活動を行った。流石に生徒会が一緒にいる時の方が沢山集められるが、何もしないよりはマシだろう。


「さすがに何日もやってると、一回で集まる量が少なくなるね~」

「それは仕方ないさ。とりあえず片づけをして、集まった分を生徒会に持っていこう」


 俺は二人と手分けして机や筆記用具を手早く片付けてから、生徒会室へ戻ると、そこでは生徒会の面々が、何やら難しい顔をして沈黙していた。


「戻りました。どうかしたんですか?」

「ああ、今日もありがとう。それがだな……」


 西園寺先輩は俺達の前に、あるものを差し出した。それは、俺達がこの数日で集めた署名が書かれた紙だ。


 そして、その紙は……ビリビリに破かれてしまっていた。


「これは……!?」

「我々が先生との会議で生徒会室を開けていて、戻って来たらこの有様だ。どうやら誰かが忍び込んで破いたらしい」

「酷いです……せっかく……みんな書いてくれたのに……!」


 変わり果てた署名を前に涙ぐむゆいの気持ちもわかる。みんなで協力して集めた署名がこんなになってしまったんだ。俺だって悲しいし、何より腹立たしい。


 それよりも、こんな事を誰が……って、そんなの一人しかいないか。本当に生粋のクズだな。


「ここまで直接邪魔してくるとは思っていませんでした。これは我々の油断と管理不足が招いた事です」

「本当に困ったちゃんだわぁ」


 生徒会の書記を務める人と、金剛先輩は揃って溜息を吐いた。


 ……こう言っては何だが、なんか思ったより落ち込んでないように見えるのは、気のせいだろうか?


「あ、あの! そんな悠長に考えていていいんですか!? これじゃ、また集め直しですよ!?」

「小鳥遊さん、大丈夫だ。ちゃんと最悪の事態には備えてあるからな」


 そう言いながら、西園寺先輩は机の上に置いてあったノートパソコンを開く。すると、その画面には俺達が集めた署名の画像があった。


「念の為にデータ化しておいたんだ。直接的な妨害があるのは予想していたからな」

「ほ、本当だ……! よかった~! ハル、やっぱり西園寺先輩って凄いね!」

「そうだな。そうだ、これを逆手に取れないでしょうか?」

「逆手? 磯山ちゃん、どういう事かしらん?」

「今回の犯人は、俺達が署名を失い、また一から集めると思っているでしょう。そして、ある程度集めたら、処分しようとするはず……それを逆手に取って、同じ様に処分をさせるわけです」


 俺の説明が理解できていないのか、ソフィアとゆいは首をかしげている中、生徒会の面々には伝わったようで、何度も首を縦に振ってくれた。


「なるほど。このデータが知られれば、新たな妨害として、これを消される可能性がある。だから犯人には、我々が署名を無くしたから集め直している、あの妨害は有効だったと思わせるんだな」

「はい。そうすれば、こっちとしては妨害なんか関係なしに署名を集められます」

「あ、そういう事か! 理解したよ~!」


 意図を理解出来て喜ぶソフィアを尻目に、俺と西園寺先輩は見つめ合いながら、深く頷いた。


「よし、その案を採用しよう。まとめるが、今後も署名活動は行う。それと、生徒会室の防犯、および署名のバックアップを複数取るように。面倒をかけるが……みんな、よろしく頼む」

『はいっ!!』


 深く頭を下げる西園寺先輩を安心させるために、俺達の返事の声が重なった。


 残された時間は少ない……西園寺先輩を助けるためにも、全力で頑張るぞ!!

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